エデンで眠る

※殺し屋としての偽名「エヴァ」は固定です

main story

  • THIS IS THE “DINER”

     はじめてその人を見たとき、わたしはここが殺し屋専用の食堂ダイナー だということを瞬間的に忘れていた。「ボンベロ、お願い」 スキンという不思議な雰囲気を持つ殺し屋が去り、店中の掃除を終えたわたしがホールに戻ってくると、そんな声が聞こえてきた…

  • SHE IS “EVA”

     彼女との再会は、すぐにやってきた。だが、二度目に見た彼女はまるきり別人のようだった。「客だ」 ボンベロに言われて、ドアの前に重たい足を向ける。子どものような殺し屋だとかなんだとかいろいろなことがあって、正直頭の中がフォークでぐちゃぐちゃに…

  • HER HOPE

     彼女は、ときおりとてもあどけない顔で笑う。どこそこのパンケーキが美味しくてね、と教えてくれそうな、そんな顔で。 彼らが属している組織で、前任のボスの一周忌だかなんだかの話が出始めたころ、ボンベロが珍しくエヴァを調理場に招き入れた。 突然店…

  • THE BELL RINGS SILENTLY

     スキンと彼女になにがあったのか、わたしにはこれっぽっちも想像できずにいた。 彼女の無垢な想いも、スキンの態度も、わたしの心の中で複雑に交差する。どうでもいい、そのひと言で済ませればおしまいなのに、絡んだ糸を目の前にじっとその解き方を考えた…

  • “I LOVE YOU”

     スキンがボロボロの体を引き摺ってダイナーへやってきたのは、それから、ほどなくのことだった。ボスに言われてあることを探っていたスキンだったが、気がつけば敵に囲まれていたのだという。 ボンベロは血塗れになった彼の体を拭い、真っ白な包帯を巻いて…

  • PARADISE LOST

     望みが叶わないことが生きる希望になっている奴もいる。ボンベロの言葉だ。それは、わたしの心に重く、重くのしかかり、深く沈んでいった。 スキンのスフレからコインを抜き取ったのは、わたし。だって、完璧なスフレを食べたがっていると思ったから、よか…

  • THE “SECOND” TIME

     が眠りについたあと、ボンベロはホールで銃をバラしていた。「それ……の銃?」「ああ、そうだ」 カウンターの上に敷かれた白い布が、赤黒く染まっている。彼女の血か、それとも誰かの返り血を浴びたのかもしれない。彼がパーツをひとつずつそこへ置くたび…

  • THE MADELAINE SHE LOVED

    が目を覚ました。 まだほんのりと夢に浸かったままの瞳をこすりながら、ホールへと顔を出すと、ゆらりゆらりとナプキンを折るわたしのもとへと歩いてきた。「カナコ、ボンベロは」 しっかりとした声が響く。髪の毛はほつれ、足取りもまだしゃんとはしていな…

  • MELT

     は懇親会の当日まで、ダイナーで過ごすことになった。 まだ体力が完全に回復していないのか、糸が切れたようにうつらうつらとすることがある。そんなときは、ボンベロが呆れた口調で、「邪魔だ、寝ていろ」とホールや調理場から追い出すのだが、そのあとに…

  • YOU CAN GO ANY WHERE

     懇親会当日、いつものように店支度を迎えたダイナーは、夜が明けてすぐのすみれ色の空のような、さっぱりともしっとりとも言い切れない空気に包まれていた。 わたしはモップとバケツを手に、トイレに始まりそれぞれの個室、通路、そして懇親会で使う貴賓室…

  • ENTWINE THEIR PINKIES

    ホールに戻ると、はナプキンを折る仕事を終えていたようだった。いつのまにかグリーンのワンピースに着替え、目元には濃いアイラインが引かれている。相変わらずどこかの魔女みたい。それだけで雰囲気がガラリと変わるものだから、自然と背すじが伸びた。 四…

  • THE BROKEN PEDURUM

     懇親会は刻一刻と迫ってきていた。どうやらそのことについて話があるようで、下拵えを終えたボンベロは、を調理場に招き入れた。「スキンが、デルモニコの死に関する情報を集めていたのは知っているか」 聞こえてくる声に、わたしはこっそり調理場を覗き込…

  • EPILOGUE

     楽園は地球上のどこを探しても見当たらない。どれだけ大きな地球儀や精緻な地図を用意したとしても。 だが、きっと人々は知っているのだ。自らの楽園が、どこにあるのかを。 懇親会が始まった。ホールから繋がった貴賓室で、三人のボスがテーブルについて…

after story

  • ステーキはミディアム・レアで

    「ボンベロ、眉間にしわが寄ってる」 銀色のフォークでスパゲティをくるくる、と器用に巻き上げながら女が言った。 少し埃っぽい店内、客は彼女とその目の前に座る男だけ。名前を呼ばれたその男は、サイドに垂らした長い前髪の下で瞼を閉じると、手にしたナ…

  • 桃はお好き

     店を出ると、二人はこの数日間で慣れた道のりを歩いた。裏世界を生きてきた彼らのことだ、たとえ組織が壊滅したとニュースやラジオで耳にしていたとしても、行き先のわかりやすい大通りを堂々と歩くわけにはいかない。いつどこで追っ手に尻尾を掴まれるかわ…

  • 誰がために祈る

     イギリスを離れた二人は、とあるルートで手に入れた新たな身分を使い、鉄道にてフランスへと入った。 ――ゴーン、ゴーン 荘厳な鐘の音が鳴り響く。薄暗い室内に七色の光が射し込み、大きな十字架が物々しく浮かび上がっている。 その前に佇む女をボンベ…

  • 溺れる

    夜になると、ボンベロは壁を隔てた向こうから聞こえてくる呻き声に、目を覚ました。「……またか」 のっそりと身を預けていたソファから起き上がり、いびきをかいている菊千代を踏んづけぬように気をつけながら、彼はテーブルに置かれた酒瓶を手にすると、居…

  • 蜂蜜より、甘い

     カナコの足跡を探す旅は、想像以上に回り道ばかりだ。手がかりなどほぼない状態で、ひたすら国から国を移る。彼らがそのたびに身分を新しくすること以外は、食べて、祈って、まったりとした陽だまりに身を預けて、街で情報収集という名の散策をする様などは…

  • 優しい雨が降る

     季節が次に移り変わろうとしているのを機に、彼らはフランスを発ち、イタリアへと入った。「直るまでは、これで我慢しろ」 歴史の都、ローマ。とある下町の靴屋に二人の姿はあった。ボンベロは、どうだ、とばかりに彼女の足元で靴紐を締め上げている。 と…

  • サラのくちびる

     それからまた彼らはローマを発ち、列車にて次の土地へと移った。基本、内陸部での移動は格安のピックアップトラックを手に入れて、どちらかの運転で高速を駆け抜けるのだが、ちょうどよく車が手に入らず、長時間電車に揺られることになった。 辿り着いたの…

  • スパイシー・レモネード

     その日、ボンベロとは別々に行動していた。ボンベロは食材調達、は日本人の女が飯屋をやっていないか、という情報収集。美しい街並みのヴェローナ市街は、戯曲の舞台になったということもあってか、昼ごろには観光客で溢れていた。 すべての用事を済ませた…

  • 愛の苦しみ、愛の痛み

     ヴェローナでの滞在は思いのほか長くなった。観光客も現地人も含め日本人が多いとあってか、飲食店を営む日本人の情報がたびたび耳に入ったのだ。とはいえ、どれも彼らの求めていたものではなく、二の足を踏むばかりの結果となったのだが。 じきに嫌気が差…

  • 太陽と月のマリアージュ

    「んぅ、このスパゲティ、最高」 開け放たれた窓からは、穏やかな風が吹いている。鮮やかに染まった青空を彩るように、家々の白い壁に反射した絹の陽射しが、やさしく煌めいては視線を攫っていく。 二人は、また新たな国にやってきていた。列車と車、さらに…

  • 食前酒はいかが

     久々に、夕食を外で食べようということになった。それも、いつものラフな格好で入れるような下町の食堂ダイナー ではなく、ドレスコードの必要なレストランに。なぜだかはわからないが、そういう気分になったのだ。 旅の本来の目的もそぞろに、彼らは昼間…

  • いつか、君と

     いつもどおり、ひとつのベッドに入る。ころん、とふかふかのシーツに身を預けた彼女の髪を撫でながら、ボンベロは上半身をヘッドボードに預け、眠りに就く前のバーボンを嗜んでいた。菊千代は気を遣ってか、このごろはリビングのカウチで眠っていることがし…

another story

 

One word frees us of all the weight and pain of life:
That word is love.
ひとつの言葉が我々をあらゆる人生の重圧と痛みから
開放してくれる――その言葉とは愛である。
ソフォクレス

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