冷めないカンケイ

O mistress mine, where are you roaming?
O stay and hear!
Your true-love’s coming…

 “O Mistress Mine” From Twelfth Night
WILLIAM SHAKESPEARE

 

  • episode.1

     鶏肉はぶつ切り。塩コショウをふって冷蔵庫へ。トマトは一センチほどのサイの目に、ニンニクとしょうがはすりおろして、野菜カゴに転がっていたタマネギはみじん切りに。とにかく切る、切る、切る。 料理はいいよなぁ、なにも考えなくていいから。考えるに…

  • episode.2

    「あ、ども」 仕事を終えた帰り、マンションに帰ってくるとちょうど二階と三階の階段の踊り場で彼女と鉢合わせた。 上からやってきた彼女の手には、透明なゴミ袋がひとつ。すっかりリラックスタイムだったのか、額にはタオル地のヘアバンドがつけられていた…

  • episode.3

     お隣の猪野くんはいい子だ。パッと見はとっつきにくそうな今どきの子なのに、顔を合わせると必ずあいさつをしてくれる。それに、騒音だって立てないし、なにより作りすぎた料理を押しつけても一切嫌な顔をしない。 このあいだだって、理不尽な上司に対する…

  • episode.4

    「なんっで、こんなことに……」 わたしがいるのは、弊社オフィス八階の女子トイレだ。 一番奥の個室に陣取って、便器に座り込むや頭を抱える。膝の上にはぐしゃぐしゃになったA4用紙。そこにはおどろおどろしい赤いインクで「泥棒猫」と書かれていた。 …

  • episode.5

     猪野琢真は困惑していた。「猪野くん、テキトーにそのへん座ってね」 そう、まさにその猪野琢真である俺は、なぜだか今お隣サンのリビングにいる。間取りはウチとそう変わらない。そりゃ、同じマンションの同じ階なのだからそうだろう。 だが、シンプルで…

  • episode.6

    「……あさ」 ぽたり、生クリームを垂らしたように、辺りを覆っていた闇が白く染まって、わたしはゆっくりと目を覚ました。 リネンのカーテンから陽光がそそいでいる。部屋はまったりと目映いそれに照らされて、宙を舞う埃がダイヤモンドダストみたいに輝い…

  • episode.7

    「パパ活って知ってるか」 そんなだしぬけな硝子の言葉に、限定ランチプレートのジェノベーゼを巻き付けながらわたしは、もちろん、と答えた。 今日は彼女とランチの日。普段は居酒屋で日本酒をあおっていることが多いが、若いながらも敏腕の外科医だという…

  • episode.8

    「好きになっちゃっても、知らないっすよ」 何度も何度も、彼の声が繰り返される。 自分でも驚くくらい、胸がきゅうと締めつけられた。どんな切ない曲を聴いたときよりも、甘いラブストーリーを読んだときよりも、たしかな胸の疼き。痛いほどに心臓が跳ねて…

  • episode.9

     思いがけず、浴室の壁を殴った。それは硬く、ちょっとやそっとの力では崩れない。当たり前だ。コンクリートなんて、普通の人間は砕けない。本当なら呪力を込めればなんてことはなかっただろうが、それすらも億劫だった。 シャワーを頭から浴びながら、ぐる…

  • episode.10

     まるで、それまで積み重なった幸福が、ほろほろと崩れるように不幸とは訪れるものだ。 少しずつ少しずつ、黄金色の山を削って、そのときにでた破片がきらきら瞬きながら鼻や口から入って喉や肺を犯していく。落ちる前は輝いていたのに、やがてそれはくすん…

  • episode.11

     ――もう一回、しても、いいですか 唇にかかる吐息がひどく熱かった。 冷えた空気が頬を撫でるのに、まるで今にも逆上せてしまいそうな温度で。しとしとと雨滴が音を奏でる中、あえかな明かりに照らされた彼の瞳に吸い込まれていく。 離れた熱が名残惜し…

  • episode.12

     東京都中央区銀座。大手百貨店松屋銀座から南西に五百メートル。銀座ルミエール第一ビルを中心に突如重々しい帳が下ろされた。規模、直径五十余メートル。中程度の帳ではあったが真昼の大都会を混乱に巻き込むのは造作のないことだった。 都立呪術高専は安…

  • episode.13

     帳内部に侵入後、ただちに作戦は決行された。A班である七海サンと俺は、目標ビルにてひと足先に、調査および人質の捜索と保護にあたっていたB班の日下部一級と合流。 ビルは計八階。下層二階までは低級呪霊のみのため、残留していた従業員の避難は難なく…

  • epipode.14

     まろやかな陽射しがそっとまぶたを撫でている。洋梨のコンポートをさらに煮詰めたやさしい光だ。からだをとろりと包み込んで、幼な子のゆりかごとなる。 もう少し寝ていたい。だって、ここはとても心地がいいんだもの。 でも、そろそろ起きなくては――……

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