第五幕 三
「お薬出しておきますので、なにかありましたらまたすぐいらしてくださいね」 白衣姿の男がわずかなドアの隙間からのぞく。寝癖なのかパーマなのかか判別し難い黒髪に黒縁眼鏡。「ボクも、よくがんばったね」体をかがめ柔和に微笑む姿は、なんとも満点の医者…
光と影
第五幕 二
休み明けだというのに、全く休んだ心地がしなかった。埼玉まで遠出して受けた研修のせいもあるが、夜中まで悶々と考えごとをしてしまい、うまく寝付けなかったのもあるだろう。研修から帰る道すがら、突然現れた彼。いつものキャメル色の制服ではなく、立派…
光と影
第五幕 一
ガラステーブルに長い脚をのせ、直哉は腹の前で手を合わせていた。一点を睨み付けながら、とん、とん、と指先で韻律を刻む。その視線の先にあるのは、画鋲で留められたL版写真だった。「四年前――」いくつもの写真と新聞の切り抜きが貼られたコルクボードを…
光と影
第四幕 四
窓際に花束を抱いたテディベアが座っていた。西陽を浴びてモカ色の毛先が淡く透き通っている。「おーい、来たぞ奈津子ぉ」 肩にかけていた鞄をベッドサイドの簡易椅子に置くや、篠宮翔は窓際に歩み寄った。「これC組の奴らからな」 返事はない。だが、彼…
光と影
第四幕 三
伊地知の運転する車により、S英館大まで送り届けられた直哉は大学側に建つ特別棟へ一目散に向かった。防音室の向こうからピアノや金管楽器の音が響く。それらを背に美術科特別室がある東側へ。「Atelier」と書かれた一室のドアを直哉はノックもなし…
光と影
第四幕 二
日曜は、朝から埼玉での研修日だった。の所属している研究会は、月に一度、互いの指導力向上のために参加者を募り、言語習得ないし教授法の分野で著名な教授の講演会や自分たちの研究発表会、はたまた希望制で模擬授業を行い討論会を行なっている。教師にな…
光と影
第四幕 一
其処は酷く空気が滞留していた。広く、しかし閉ざされた空間で直哉は時を待っていた。連綿と紡がれし呪われた魔窟、此処こそが呪術界の奈落のようなものだろう。やがて風ひとつない其処に一抹の緊張が迸る。それまで解けていた空気が鋭く結びつき、直哉の耳…
光と影
第四幕 五
夢を見た。それはおそらくあの頃の夢だ。すぐ横をふたつ結びやポニーテールの髪をした少女たちが駆けていく。屈託なく、なにひとつ恐れることなどなく、颯爽と青い風を巻き起こし、疾風のごとく立ち去っていく。「こら、廊下は走らない」そう告げるが、「は…
光と影
第三幕 四
金曜から一夜明けて、直哉が訪れていたのは都内のとある河川敷であった。制服に着替えいざ髪染めとスプレー缶に手を伸ばした矢先、瀬古から連絡があったのだ。 またあの死体があがったのだ、と。 彩りも失せ、寒しくなった河川敷には朝から大勢の警官の姿…
光と影
第三幕 三
午前授業の土曜日は、一年生の英文法が二コマあるだけで一週間を締めくくるには最適な一日だ。金曜日は研究日であり、さらには次の日が休みともなると気持ち的にも授業準備的にも余裕がある。 通勤通学ラッシュが始まる前の電車に乗って学校へ向かうと、す…
光と影
第三幕 二
「都内■■区の駅前にて人型呪霊を視認。術式を駆使しその場に居合わせた女子学生一人と会社員男性を襲い逃亡を謀る。結界術を操りまた意思疎通がとれる模様、等級およそ準一級から一級」 耳元で聴こえてくる声に、直哉は淡々と言葉を返す。「ソイツの特徴は…
光と影
第三幕 一
新宿南口にあるニノクニヤ書房は一階から七階までが書店店舗となっており、その品揃えは日本で指折り五本の内に入るという。特に七階部分はフロア全体が洋書コーナーで、ネットでも入手困難な書物を取り扱っていることからも頻繁に利用していた。この日も、…
光と影