エピローグ
すっかり葉を落として寒しげになった木が鮮やかな青空に揺れている。「ったく、あのクソだっるい仕事終わせたっちゅうのに、なんで俺がまた東京におらなあかんねん」 そんなほがらかな風景とはうらはらに、禪院直哉は伊地知潔高の運転する車の後部座席で散…
光と影
第六幕 五
ドサリと音を立てて崩れた男の不完全な肢体に、香織は思わず目を逸らした。ろうそくの燈火がかすかな空気の揺らぎに反応する。まだ体は震えたままだった。「最初から最後まで、ホンマにしょうもない男やな」 声が落ちて、ゆったりとした足取りで近づいてく…
光と影
第六幕 四
いつからおかしくなってしまったのかと、訊ねたことは何度もあった。そのたび、自らの人生を否定したが、おもえば最初から狂っていたのだろう。「丈くん、こちら瀬古さん。今日からあなたの先生になる人よ」 おどろくほどに似ているのだとだれかが言った。…
光と影
第六幕 三
二〇〇六年、ある少女が術師殺しに殺された一件からしばらくして、ひとつの宗教団体が終局を迎えた。■■市にある本部では、その日集まっていた幹部の男たちと関係する信者数名が何者かにより惨殺、現場から被害者の遺体が回収されたが、いずれも半身を失うか…
光と影
第六幕 二
父親の顔は知らない。だが、とんでもないロクデナシだということだけは知っていた。白金色の髪と碧い眼を持つ外国の男だった。語学留学中にそいつと出会った母は持ち前の情の深さで男を愛した。やがて、〝私〟を妊娠し、永遠の愛を誓うだろうに思えた。だが…
光と影
第六幕 一
「レストランへ入ったのを確認したんです。指示のあったとおり、予約していた窓際の席に二人は座りました」 額をタオルで押さえながら本郷の部下である五十嵐が言う。直哉がS英館大を離れて以降、今川香織と更家真守の監視を任せていた。だが、呪霊の顕現に…
光と影
第五幕 九
「今にも数人、殺しそうな顔だな」 そう言って現れたのはスーツ姿の本郷だ。今日とて黒いスーツを着込み、冴えない柄のネクタイを締めている。連日顔を合わせているからかすっかり見慣れた風貌だが、相変わらず人相のあまりよくない男であった。「そのまま職…
光と影
第五幕 八
すっかり辺りは薄暮に染まっていた。いつもより仕事を早く終えた香織は、足早に校舎をあとにした。「香織センセ?」 待ち合わせである大学側の裏門へ向かうため、芸術科目の特別棟を通りすぎようとしたとき、I組の篠宮に声をかけられた。「篠宮くん」「ど…
光と影
第五幕 七
向かったのは、港区にある《瀬古メンタルクリニック》であった。「ちょっと、お待ちください!」 受付の女性が制止する声を振り払い、直哉はウォールナットのシングルドアを力尽くに押し開ける。縦型のブラインドカーテンの前に男の姿があった。色素の抜け…
光と影
第五幕 六
琥珀色が揺れている。「今川先生。……今川先生!」 香織は大きく肩をふるわせ、「ハイッ」とふり返った。「すみません、お仕事中」声をかけてきたのは、増岡だった。額には汗をかいており、髪も乱れていることからグラウンドから走ってここに戻ってきたの…
光と影
第五幕 五
更家真守がアンタを狙っている――その直哉の言葉を聞いて、今川香織は、動揺を隠せないようだった。「うそ、だって更家さんは……」 そう口にする今川に直哉は砂糖をまぶしたような声で、「正直者が馬鹿を見る、いやや世の中やなあ、ホンマに」と言った。…
光と影
第五幕 四
「カニバリズムは人間の歴史の重要な一部です」 男は縁の黒い眼鏡を震える指先で押し上げながら神妙な面持ちで告げた。「旧石器時代、我々人類の食生活には人肉が含まれていて、必要な栄養の一割を占めるほどの貴重な栄養源だったと言われています。医学や科…
光と影