第二章 翠雨

8-2

「あの子、ここを通っていったわよ」 声をかけてきたのは度々世話になっていたカフェのマスターであった。営業時間をとうに過ぎて、至福のひとときとばかりに一服していたのだろう。軒先にやってきたチリーンの音がやわらかに響く。それを風流にも聴きながら…

8-1

「あの子がいない」と泣く彼女に、ダイゴは言葉を失った。 ロフトからおりてきた小さな背に、ダイゴは静かに近寄って声を掛けたところだった。洗面所、シャワー室、リビングダイニング慌ただしく室内を歩き回る音がして、様子を見に顔を出せば彼女の姿があっ…

7-you are here

 歩いていた。昏闇のただ中を、途方もない夜を、光を探して歩き続けていた。呼吸は苦しく、ぼやける頭を抱えながら、アスファルトをひたすら蹴って、蹴って、蹴って。逃げるように、だったかもしれない。新しい船を見つけたくて、真っ直ぐ前を向いて進んでい…

6-2

なぜ。そうだ、なぜという気持ちが大きかった。自分はこんなにも彼女のことを想っているのに、彼女はちっともそこには入れてくれない。 トクサネの家で出会ってから、もうふた月は経つというのに、一向に交わらない平行線のまま時は過ぎていった。二人のあい…

6-1

 すべてを受け止める覚悟を固めながら、あの濡れた瞳の理由わけを探している。 穏やかに過ぎる日々の中、ひだまりでビードロを鳴らす彼女のそばにはいつもロコンがいた。ペコ、ポコという音に合わせ、ぴょん、ぴょん、と一本の白い尾を揺らしながら跳びはね…

5-2

 カナズミシティは、ホウエンの西部に位置する産業の要となる港街だ。同じく港であるカイナともミナモとも異なり、まさしく中枢と言わんばかりに往来には人や車が絶えず行き交っている。民家よりもオフィスビルや商業施設が目につき、都会の風が吹き抜ける。…

5-1

 カシャ、と小気味いい音を立てるその機械に、ロコンは興味深々のようだった。まさしくきゅるきゅるという擬音語が似合うようなつぶらなひとみで見上げてくるその子に、私はつい相好を緩めて、「これはね」と言葉を継ぐ。 サアサアとそぼふる霖雨のように、…

4-3

 その後も古代のとりポケモンを模したガラス彫刻や銅像を楽しみ、帰りはミュージアムショップへ立ち寄った。彼女はめずらしく悩んだ様子でいろいろと眺めていたが、やがて絵はがきを手にしてレジへ向かった。ついでだからと気になっていた遺跡の図版を持ち、…

4-2

歩いていくには遠いため、メタグロスとエアームドに乗って121ばんすいどうを横断し彼らはミナモシティまで辿り着いた。本当はサファリゾーンへ向かってもいいと思ったのだが、あそこへ入るためにはポケモンをボールの中へしまわなければならない。それはの…

4-1

 この世には怖いものなどなにもない、そんなふうに閉じられたまぶたをこの目で見たかったのかもしれない。ダイゴはランプに照らされたやわらかな頬を眺めながら思う。 風すらも寝静まる夜半、しばらく滞在している馴染みのツリーハウスも今日ばかりは特別な…

3-2

 それからはあっという間だった。念のために持っていた寝袋がふたつ、それから、ブランケットがひとつ。「テーブルは端に避けようか」ボールから出したボスゴドラとともに、ソファの前のローテーブルを動かしてスペースをつくる。ロコンを刺激しないよう、静…

3-1

 抱き上げた体は小さく、少しでも力を込めれば壊れてしまいそうだった。その感覚が、いまでも腕に残っている。 ソファの上に敷いた毛布の上で、体を丸めるロコンの背をそっと撫でながら、私は昼間のことを思い返していた。草むらにうずくまっていた小さな体…