7-you are here

 歩いていた。昏闇のただ中を、途方もない夜を、光を探して歩き続けていた。呼吸は苦しく、ぼやける頭を抱えながら、アスファルトをひたすら蹴って、蹴って、蹴って。逃げるように、だったかもしれない。新しい船を見つけたくて、真っ直ぐ前を向いて進んでいきたくて、光の下で笑いたくて。それなのに、いつまで経っても闇は晴れなかった。いつしか川辺に辿り着いて、鈍い街灯の下、ぱちりと爆ぜる明かりの中、川を覗き込んだ。
 両岸の桜はとうに散り、青葉が風に揺れる。あえかな光を纏った川面は、その光と影とを織り合わせながら滔々と流れていく。
 どこかへ行ってしまいたかった。なにもかも知らない場所に、だれもが私を知らない場所に。そうして別の生き方を探したかった。しかし、強く風が吹いて――否、風のあいだから腕が伸びてきたのだ。それはわたしの喉へ纏わりつき、瞬く間に呼吸を奪おうとした。やめて、そうした静止の声は届かず、持っていた鞄を懸命に振り回して逃がれようとした。ガコン、ガコン、と何度か当たった感触がしたが、それでも強く襲いかかる力に勝てず、やがて私は――……。

 失くしていたパズルのピースを集めるのは心地よいことだ。欠けていた陶器のふちを金色に継ぐのは美しいことである。だというのに、まったく、記憶の欠片を取り戻すことはそのどちらにも当てはまらない。
 だれもが痛みを抱いて生きている。見えない傷をいくつもかかえて生きている。あのひとダイゴさんもそうなのだろうか。それだから、こんなことをするのだろうか。

 目が醒めて、すぐそばの温もりがないことに気がついた。指先に優しく触れるあの熱。腕や胸にもたれるあの軽い、重さ。まさか下へ落ちてしまったのではないかと夜着もそのままに降りても、あの子の姿はどこにもなかった。
 ――一生ひとりで生きていくつもり?
 いつだったか、言われたことがある。そのときはやけになって、「それでもいい」と私は答えた。

 だってそのほうが気楽でしょう? だれかのことを考えて、考えて、考えて、それで傷つくのならば、ひとりでだれにも寄りかからずに生きていたほうがずっと簡単だ。

 私は大人で、やろうと思えばなんだってできる。女一人で外も歩けないような時代じゃない。一人でレストランに入ったって、居酒屋に入ったって、白い目で見られる時代じゃない。それならばなぜだれかと一緒にいる必要があるの?

 もう傷つきたくない。だれかがそばにいると、私はだめになる。だって、ふとした瞬間、寄りかかってしまいたくなる。私が私でいられなくなる。そうして弱くなって、ズタズタに心を引き裂かれて立ち上がれなくなるくらいなら、ひとりで歩いていたほうがマシでしょう?

 だから、怖かった。ずっと、この生活が。いつしか均衡が崩れて、だれかといることが当たり前になって、独りでいることが苦しくなるかもしれないから。手にしたものを、手放したくないと思ってしまうかもしれないから。
 それでも、なにもかもがすでに遅かったのかもしれない。――否、遅かったのだ。

 だって、私はいつのまにか手にしたいと思ってしまった。手に入れようとあの手をとってしまった。
 この生活が、今のわたしにとってすべてになりつつあった。

 ――だというのに。