2-3
ガラスケースの向こうには、小さな体が力なくベッドの上に横たわっている。尾もまだ一本しか生えておらず、毛も生え揃っていない。おそらく生まれたばかりのロコンだ。「はい」 ベンチに茫然と座り込んだ彼女にダイゴは缶ジュースを差し出す。自分にはコー…
この船にあなたはいない第二章 翠雨
2-2
ペコ、ポコ。気の抜けるようなのどかな音がする。薄明の空を感じさせる淡いグラデーションを纏ったガラス玉に、は懸命に息を吹き込んでいた。灰まみれになるほど夢中になっていたのだ。自分が集めた火山灰からできたビードロが愛おしいのだろう。言葉はなく…
この船にあなたはいない第二章 翠雨
2-1
朝起きると、生きている音がする。それは木であったり、土であったり、はたまた水や風、空であったり。余計な雑音を一切取り除いて、しいんと溶け込む静けさの中で息衝いている。 音だけではない、目を開いた瞬間の射し込む朝陽、鼻腔を掠める香り、すべて…
この船にあなたはいない第二章 翠雨
1-4
競争の火蓋は静かに落とされた。足もとを灰まみれにしながら灰集めに夢中になり、すっかり袋はひとつ、ふたつと増えていく。昔より手も大きいからか、それとも、あのころよりも効率のよい方法を見つけられるようになったからか。いつのまにか予備の袋もなく…
この船にあなたはいない第二章 翠雨
1-3
あの日、自分を衝き動かしたのは、感情などという柔なものではなかったとダイゴは今になってもなお強く思う。沖へ歩いていく背を見つけた瞬間、彼女の名を叫んでいた。やおら振り返る彼女の視線を待つ前に砂浜を蹴り、海へ入った。押し寄せる波と、引いてい…
この船にあなたはいない第二章 翠雨
1-2
雨だからといつのまにか用意されたレインブーツを履かず、私は楽なサンダルを突っかける。綿のワンピースにカーディガン。透明な傘を手に湿気でうねる髪をまとめる。 熱帯雨林で過ごす恰好とは言えないだろう。それを認めるように、現れた彼は私の足もとを見…
この船にあなたはいない第二章 翠雨
1-1
サアサア、大地にいくつもの滴《しずく》がしたたる音がする。細やかな絹糸のようにそれは降りそそぎ、上等なレース編みのカーテンとなって辺りを包む。かと思えば、トン、タン、トン、などとティンパニを叩くような音がときおり混じって、静けさに軽やかなリ…
この船にあなたはいない第二章 翠雨