この船にあなたはいない

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 という人間は、おおよそ自分がこれまで接してきたどの種類の人間にも属さない。よく言えばミステリアス、悪く言えば理解ができない。 この世界の人間ではないと告げるその横顔の寂寞は理解ができるのに、かと思えば、たおやかに笑って見せたり。彼女がこれ…

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 しばらく街並みを案内してもらったあとは市場へ足を運んだ。朝一がやっぱりイチオシの時間なんだけれどね、そんなふうに彼は言ったが、それでも街のどこよりも活気に満ち、色とりどりの食材や雑貨が揃う様子には胸が踊った。技マシンやおこうなどのポケモン…

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 トクサネから海を渡り、しばらくすると本土が見えてくる。そのしばらくは私が想像していたよりも遥かに長いのだが、エアームドという鋼で全身を覆った鳥ポケモンの上にいると、なぜだかあっという間に感じたものだった。 空を切るあの爽快感。初めは上手く…

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 途中、女の子の落とし物を拾ったりしながらのろのろと丘を上り、彼の家に着いたころには汗が額に滲んでいた。 いよいよ、本格的に夏へ向かっている証拠だろうか。日本の気候と同じように湿度もわりと高い。もしかすると夏の前に梅雨が訪れるかもしれない。…

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「遠慮なら、無用だよ」 朝、お金を返す私に彼は困ったように眉根をかすかに寄せて言った。「必要なものがあるはずじゃないのかい。ここを出てからの旅の準備だって、まだできていないだろう」 こちらに来たときに着ていた洋服を纏い、初期投資として購入し…

3-2

 カチカチカチ、フィルムを巻く感覚は、なんだか久しぶりな気がする。 昔は旅行に行くときだってこれを使っていたのに、携帯カメラだ、デジカメだ、文明の利器にすっかりこの感覚は埋もれてしまっていた。沈んでいた貝が波によって現れるような、そんなうれ…

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 ひだまりの中にいた。リネンのカーテンから優しく光が注いで、部屋じゅうがまったりと洋梨のコンポート色に染まっている。キッチンとリビングを区切るように置かれたウッドフレームのソファに、ガジュマルの苗木。雑誌が散らばったハイテーブルをサッと片し…

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洗濯を終えてからは、暇つぶしにポケモンセンターへと赴いていつものように雑誌を読んだ。 今回は、ポケモンだいすきクラブが発行しているというポップな表紙のもの。『千年の眠りから醒めるのはいつ?』というゴシップチックな見出しが特徴的だった。けれど…

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「……これって」 トクサネシティで過ごすようになって数日、洗面所のランドリーバッグの中に男物の白いシャツが何枚も入っていることに気がついた。 だれの、なんていうのは考えなくてもわかる。だが、あの人の印象からすると、少しだけ意外だった。ただ、…

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 私は歩いていた。いつもの道を、川に沿って駅へと向かいながら。 ポインテッドトゥのパンプスに、白のアンクルパンツ、風に藍色のジャケットが靡く。川沿いの桜は散り、青々とした並木が広がっている。駅に着くと電車に乗った。都心まで出る電車は相変わら…

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 その日はとにかく、海辺で過ごした。携帯や本はおろか、財布さえもない状態だったので、呆然と海を眺めたり、貝殻を探したり、お腹が空いたら近くの木になっていたきのみを食べた。瑞々しくて、ほんのり甘い。桃に似ているだろうか。水分をとるのにも打って…

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 人間の処理認知能力には限界がある。そしてそれを超えた先になにが待ち受けるのかを私たちは知らない。 その夜私は夢を見た。不思議な夢だった。暗澹とした海を衣服をつけたまま泳いでいた。いや、ふよふよとくらげのごとく漂っていたと言うのが正しいかも…