いつか、君と

いつか、君と

 いつもどおり、ひとつのベッドに入る。ころん、とふかふかのシーツに身を預けた彼女の髪を撫でながら、ボンベロは上半身をヘッドボードに預け、眠りに就く前のバーボンを嗜んでいた。菊千代は気を遣ってか、このごろはリビングのカウチで眠っていることがし…

食前酒はいかが

 久々に、夕食を外で食べようということになった。それも、いつものラフな格好で入れるような下町の食堂ダイナー ではなく、ドレスコードの必要なレストランに。なぜだかはわからないが、そういう気分になったのだ。 旅の本来の目的もそぞろに、彼らは昼間…

太陽と月のマリアージュ

「んぅ、このスパゲティ、最高」 開け放たれた窓からは、穏やかな風が吹いている。鮮やかに染まった青空を彩るように、家々の白い壁に反射した絹の陽射しが、やさしく煌めいては視線を攫っていく。 二人は、また新たな国にやってきていた。列車と車、さらに…

愛の苦しみ、愛の痛み

 ヴェローナでの滞在は思いのほか長くなった。観光客も現地人も含め日本人が多いとあってか、飲食店を営む日本人の情報がたびたび耳に入ったのだ。とはいえ、どれも彼らの求めていたものではなく、二の足を踏むばかりの結果となったのだが。 じきに嫌気が差…

スパイシー・レモネード

 その日、ボンベロとは別々に行動していた。ボンベロは食材調達、は日本人の女が飯屋をやっていないか、という情報収集。美しい街並みのヴェローナ市街は、戯曲の舞台になったということもあってか、昼ごろには観光客で溢れていた。 すべての用事を済ませた…

サラのくちびる

 それからまた彼らはローマを発ち、列車にて次の土地へと移った。基本、内陸部での移動は格安のピックアップトラックを手に入れて、どちらかの運転で高速を駆け抜けるのだが、ちょうどよく車が手に入らず、長時間電車に揺られることになった。 辿り着いたの…

優しい雨が降る

 季節が次に移り変わろうとしているのを機に、彼らはフランスを発ち、イタリアへと入った。「直るまでは、これで我慢しろ」 歴史の都、ローマ。とある下町の靴屋に二人の姿はあった。ボンベロは、どうだ、とばかりに彼女の足元で靴紐を締め上げている。 と…

蜂蜜より、甘い

 カナコの足跡を探す旅は、想像以上に回り道ばかりだ。手がかりなどほぼない状態で、ひたすら国から国を移る。彼らがそのたびに身分を新しくすること以外は、食べて、祈って、まったりとした陽だまりに身を預けて、街で情報収集という名の散策をする様などは…

溺れる

夜になると、ボンベロは壁を隔てた向こうから聞こえてくる呻き声に、目を覚ました。「……またか」 のっそりと身を預けていたソファから起き上がり、いびきをかいている菊千代を踏んづけぬように気をつけながら、彼はテーブルに置かれた酒瓶を手にすると、居…

誰がために祈る

 イギリスを離れた二人は、とあるルートで手に入れた新たな身分を使い、鉄道にてフランスへと入った。 ――ゴーン、ゴーン 荘厳な鐘の音が鳴り響く。薄暗い室内に七色の光が射し込み、大きな十字架が物々しく浮かび上がっている。 その前に佇む女をボンベ…

桃はお好き

 店を出ると、二人はこの数日間で慣れた道のりを歩いた。裏世界を生きてきた彼らのことだ、たとえ組織が壊滅したとニュースやラジオで耳にしていたとしても、行き先のわかりやすい大通りを堂々と歩くわけにはいかない。いつどこで追っ手に尻尾を掴まれるかわ…

ステーキはミディアム・レアで

「ボンベロ、眉間にしわが寄ってる」 銀色のフォークでスパゲティをくるくる、と器用に巻き上げながら女が言った。 少し埃っぽい店内、客は彼女とその目の前に座る男だけ。名前を呼ばれたその男は、サイドに垂らした長い前髪の下で瞼を閉じると、手にしたナ…