第一章

09

 ――兵藤くんの、あれはどういうことだ。 多々良は駅のホームでの出来事を思い返していた。 二人きりにさせてやったらどうかと父に言われるがまま、幼馴染とその憧れの人を送り出した多々良だったが、結局、清春の忘れ物に気がついて彼が駅まで届けに行く…

08

「じゃあ、僕夕飯の手伝いあるし、、兵藤くんのことよろしくね」 と、視線を泳がせながら手を振った幼馴染を、この時ほど恨めしいと思ったことはないだろう。わ全く、余計な気を遣われてしまったようだ。たーくんのばか、とは小さく溜息を吐く。 富士田家を…

07

「おじさん、こんにちは」 多々良の家に着くと彼の父が出迎えてくれた。「ちゃんいらっしゃい。見ない間に大きくなったなぁ」「そうかな?」「昔はこーんな小さかったのに」「もう、いつの話ししてるの!」 多々良の父、鉄男は、目を細めて柔らかく笑うと、…

06

「たーくん、やっぱりわたし帰るよ」 フルーツの盛り合わせを抱えた多々良のジャケットの裾を引っ張って、は言った。「ええっなんで」「だって、ちょっと気まずいし」「僕としてはも居てくれると助かるんだけどな」「そうかなぁ」 は息をゆっくりと吐き出し…

05

「要さん!」 一際目立つ大きな背を見つけた。「遅くなってすみません」という言葉とともに、彼のもとに走り寄る。だが、近付いてみると、妙な空気が漂っており、どうしたものか、は首を傾げた。「遅えぞ」 などと言いながら、そんな彼女に要は親指で後ろを…

04

 三笠宮杯当日。 何故だか緊張して眠れずにこの日を迎えた多々良は、寝不足を隠せずにいたものの、心のうちから沸き起こる高揚に体を委ねていた。 東京体育館という大きな会場に、ひしめくように二階三階席に集まった観客、そして、フロアには数多くのダン…

03

 十月になった。 愈々夏の残滓は秋風に吹かれて何処かへ連れ去られてしまい、ひんやりと仄かに肌をつく寒さに、上着を纏う季節がやってきた。 多々良が家を出るとすぐ、ブロック塀の向こうに小さな背中が見えた。「あれ、。どうしたの」 多々良が尋ねると…

02

「たーくん、ごめんね」 済まなそうに椅子に座って両手で膝をぎゅと掴みながら、「大丈夫?」とは多々良に問うた。 向かいのソファに腰掛ける多々良は、環から擦りむいたところを消毒してもらっている。消毒液の刺激に呻き声を漏らしたものの、の声掛けに、…

01

「たーく……たたら! なんで教えてくれなかったの!?」 茹だるような暑さもその尾を鎮め、からりとした太陽の光と、涼しげな風が人々を包む九月。爽やかなサッカー日和を他所に、呼び鈴と共に、小笠原ダンススタジオ内に可愛らしい叫び声が響いた。 フロ…