1-5

「ふふふ、クラウド、とびきりかわいくしてあげるね!」
 ウォールマーケットの北、ひときわ目を引く建物を背に、エアリスがうれしそうに軽い足取りで歩いている。その建物――竜宮城を思わせる赤と金を基調とした、派手な外装。言わずもがな、コルネオの館だ。
 ではなぜエアリスがこんなにも愉しげかというと、ティファを探しに行ったものの門前払いを食らったクラウドに、彼女がとんでもない救いの手を差し伸べたのだ。
「きれいな友だちを連れてくる」――それが、クラウドを追い払った門番に彼女が提案した言葉だった。
「おい、エアリス、本当にやるのか?」
「ティファさんが心配なんでしょ? それに、クラウドならだいじょぶ! ね、ミツキ!」
 うんざりするクラウドの横で笑いをこらえていた美月だったが、突如エアリスに話を振られて、慌ててこっくり頷いた。
「多分、すっごくきれいになるんじゃないですかね」
「……うれしくないね」
 クールを装ったつもりだろうが、なんだか拗ねた子どもに見えなくもない。その彼の顔に、ついにくすりと笑いをこぼすと、ジロリと睨みつけられてしまう美月であった。
 かくして、クラウド女装作戦が始まったわけである。
「あ、クラウドちゃんこれ似合うんじゃない?」
「言っとくが、遊びじゃないんだからな」
「もーわかってるって。あ、これどうかな」
 ルンルンといった調子でドレス選びをするエアリスに、げっそりした様子でクラウドは、ハア、とため息をつく。その二人をよそに、美月は店に並べられている装飾品を見ていた。さすがは歓楽街、ということもあってか、きらびやかなアクセサリーが数多く取り揃えられている。どこぞの姫がつけるようなティアラやら、ファラオの首飾りに似たネックレスやら、どちらかというと普段使いには向かないような豪勢なデザインばかりだ。
「……わたしも、入らなきゃ、なのよね」
 エアリスと門番の話では、きっちり美月も頭数に入っていた。コルネオの館でなにが行われているか、想像できぬほど美月も純粋ではない。世話になったティファがその身の危険な場所にいる手前、美月もエアリス同様クラウドに、「アンタは来るな」と言われても、ついていったことだろう。
 とはいえ、まるで宝石箱をひっくり返したかのようなこの店で実際に身につけるものを見るとなると、どこか気が乗らないものだった。
 さっきまで猫になっていたというのに、今度はコンパニオンのお姉さん。忙しい身だ。
「ミツキ、クラウドちゃん、どう?」
 ぶつぶつ呟いていると、エアリスのはしゃぐ声が聞こえてくる。
 振り返った先には、紫色の淑やかなドレスに身を包んだクラウドがいた。
「……ぷっ、かわいい、ですね」
「笑うんじゃない」
 苦々しく呟く彼は、残念ながら、見事に仏頂面の骨太のオネエさんだ。
 カツラとティアラを揃えたあと、今度はエアリスと美月のドレス選びとなった。エアリスは裾にフリルがあしらわれた真っ赤なサテンドレス。美月はというと、
「エアリス、本当にこれ、着なきゃダメ?」
 古代ギリシアの女神が纏うような、純白のロングドレスだった。流れるようなドレープのホルターネックに、大胆に開いたたわわな胸元を強調するかのような、胸下の切り返し。その切り返し部分と、腰にかけられたベルトには、豪勢にも金色の装飾があしらわれている。手首にはゴールドカフス。腕をあげるたびに、背面を覆うたっぷりとしたケープが風に揺れる。ここまで見れば、高貴なギリシア貴族をモチーフにしたエンパイアドレスに見えなくもない。胸元と同じく背中もぱっくりと肌を露出しているが、ケープがあるおかげであまり気にはならない。
 だが――、
「うん。着なきゃダメ! コルネオは女の子の露出に目がないって噂だから、やっぱりそれくらいしないと」
 エアリスがカーテンの向こうから捲し立てる。
「それくらいって、レベルじゃないんだけどね……」
 ぺらり、肌触りのよいドレスの裾をつまみ上げる。惜しげもなく、露わになった白い足。そう、裾に深いスリットが入っているのだ。いや、スリットなんてものではない、前と後ろの布を縫い忘れたのを、ただ、ベルトで重ねて凌いでいるような、ほとんど腰骨まで切れ込みが入っていた。
「おしり、見えちゃう……」
 ひらり、ほんの少し揺らしてみる。それだけで、いけないところが見えてしまいそうだった。いや、角度によっては見えていた。
 なぜだか丁寧に下着までも揃えられていたので、もちろん、それに着替えてはいるのだが、それも最低限の布地でできた、セクシーランジェリー――ちなみにクラウドが蜂蜜の館で手に入れてきたもの――だ。なんだか癪に障る。
 鏡の中の自分は、まるで別人だ。ギリシア神話に紛れ込んでしまったみたいな出で立ち。こんな格好、したことがない。
 本当に、本当にこれで人前に出るの? エアリスはもっと上品な感じだったのに? 美月は困惑を隠せない。
「ねえ、ミツキ、まだ?」
 更衣室の中で鏡と会話していた美月に、エアリスが痺れを切らす。
 ええい女は度胸、美月は深呼吸をすると、「いま出るね」と、とうとう腹をくくった。
「うわぁ……」
 美月がカーテンを開けると、エアリスが目を大きく開いた。
「どう、かな」
 不安になって美月は指先を閉じたり開いたり。じりじり、エアリスの視線が肌を灼く。
「すっごい、素敵! 女神さまみたい!」
「おお、これはたまげた! 神秘的なオーラが、年寄りの目には眩しいわい!」
 声を弾ませたエアリスに、店主までもが参加してくる。
「そ、そう?」
「うんうん。やっぱりミツキ、白で間違いないね!」
「でも、ちょっとセクシーすぎない?」
「いいのいいの、ミツキの体は綺麗なんだから、若いうちに見せなきゃ!」
 そんな親父くさいことを……と美月は苦笑しながら、もう一度腕を上げて、体のラインを確認する。さらり、ケープが空気を孕み、風そよぐカーテンのようにドレープの裾が揺れる。
「ねっ、クラウド、見てみて!」
「ああ……ッ!?」
 美月のすらりとした脚が見えた瞬間、顔を覗かせたクラウドの鼻から、ひとすじの赤い液体が垂れたことは言うまでもない。

 すべての準備を滞りなく終え、一行は再びコルネオの館に向かった。
「本当に、気をつけてくれよ」
 途中、小股で歩くクラウドが、前を歩くエアリスと美月に投げかけてきた。
「……特に、アンタだ」
 はいはーい、と適当に流すエアリスを尻目に、クラウドは美月にちらりと視線を寄越して、唸るような声で言う。
「……わかってます」
「どうだかな。エアリスはなんとか一人で戦えるが、アンタ、もしなにかあったらどうするんだ」
「それは……」
 美月は言葉を詰まらせる。髪の毛までもギリシア風にアップしてもらい、金の冠をあしらって気合十分といったところだが、コルネオの館の中で万が一のことがあったら、美月は戦う術も逃げる術も持ちあわせていない。普通の、平和ボケしたOLなのだ。
 ――どうするって言われても
 正直なところ、どんな事態に見舞われるかが想像できない。魔物が襲ってくるのか、それとも男たちに手篭めにされそうになるのか。そこまで考えていなかったのだ。
 細いアンクル紐の、頼りないミュールを引っ掛けながら、美月がコルネオの館へ向かう足を遅めると、後ろからため息が聞こえてきた。
「……できるだけ、そばを離れないでくれ」
 普通に聞いたら、とんでもない口説き文句かもしれない。誰もが夢見るような甘く、うっとりするようなセリフ。実際、美月はきゅん、と胸をときめかせていた。
 はい、とか細い声で美月は返事をする。
 だが、忘れてならないことがひとつ。
「もし、なんかあったら、俺がなんとかしてやる」
 彼は女装の真っ最中だということを。
 小股だったクラウドが美月に追いつく。隣に並ぶと、いくらブロンドのカツラと淑やかなドレスを身に纏っているとはいえ、彼の体つきはやはり男らしさを隠せてはいなかった。
「なんかその姿で言われると、ちょっと変な感じですね」
「……うるさい」
 いつものクールな様子はどこへやら、子どもじみた返しに美月は口に手を当てて、くすくす笑った。
「そういえば、アンタに渡し忘れていたものがある」
「え?」
 やりづらい空気を払いのけるように、クラウドがドレスのポケットに手を入れる。
 あ、ポケットついてたんだ、とどうでもいいことにふと笑ってしまいそうになるのをこらえて、美月は彼の手元を見つめていた。
「これ」
 差し出されたのは、あの一粒玉のついたピアスだった。
 白い宝石がウォールマーケットの煌びやかな照明の下、オーロラ色に光を放っている。
「あ、それ……」美月は彼の手のひらをじっと見つめる。
「アンタのじゃないのか」
「わたしの、なのかな」
 ひとつ、耳にはついているが、美月にとっては正直身に覚えのないもの。受け取っていいものか迷っていると、クラウドがまたしてもため息を吐いた。
「とりあえず、アンタが着けてるのが一番だろ。失くしてあとから文句を言われるのはご免だからな」
「……わかりました」
 いつも、ひと言多いような。そんなことを考えながら、美月は渋々彼の手からピアスを受け取って、耳につけた。穴など空いていなかったはずの自分の耳。いつ、この穴は空いたのか、その謎は依然解けぬまま。気味の悪い、見知らぬアクセサリーだ。だが、キャッチを止めた途端、なぜだか感じたのは、不思議な充足感だった。
「……そのほうが、いい」
「え?」
「いや、なんでもない」
 なにかクラウドが言ったようだったが、ウォールマーケットの賑やかな喧騒に飲み込まれ、わからぬまま。この様子を前から見ていた彼女が、「二人って、やっぱりそういうカンケイ?」と言うのは少しあとのことである。

「それじゃ、女の子たち、動き回らないでくれよ」
 無事、《クラウドちゃん》もコルネオの館へと入れたところで、早速ティファ探しは始まった。はあい、とエアリスとともに返事をしつつ、館の内装をぐるりと見回す。
「悪趣味……」
 外観もそうだったが、仰々しい竜宮城というのが抱いた印象だ。
「ね、なんか息詰まってくるね。クラウドちゃんなんか、もう疲れた顔してる」
「それはまた違う意味だと思うけどね」
 紫のオネエさんにちらり、一瞥を送って、心の中で手を合わせた。
 エントランスホールからは、二階へと階段が続いていた。真っ赤な、まるで宝塚の大階段のような立派な階段である。その先にはいくつか部屋が続いているようで、下から見る限りは、扉は三つ。それも、丁寧に案内の看板まで掲げられている。
 子分、大盛り、おしおき――その表記の仕方にまたしても背中がぞわりとするが、美月は手の甲をするりとさすってこらえた。
「ティファは、一番奥の部屋だろうな」クラウドが言う。
「たぶん、そうじゃないかと」
 答えて、美月は二階部分を眺めた。
 子分はそのまま、手下の控え室。大盛りは、あの派手な扉からしてコルネオだろう。残すはひとつ、一番怪しい看板の部屋だ。
「じゃ、早く行こ」
 エアリスの気の抜けた掛け声に、クラウドと美月はこっくり頷いた。
 おしおき部屋は竜宮城にはそぐわぬ、物々しい雰囲気であった。
「女の子をここで待たせるなんて信じらんない」
 長い階段を下りながら、エアリスが言う。全体的に薄暗く、まるで怪しい一寸法師を閉じ込めておくような不気味さ。先ほどまでの豪華絢爛な屋敷の内装が嘘のようだ。
「なんか、拷問とか、そんな感じのことしてそうですね……」
「わぁ、それっぽい」エアリスの明るい声が階段に響いた。
 エアリスのあとを美月がついていく。足元が暗くてよく見えないため、壁に手をつきながら一段一段慎重に階段を下る。壁はレンガ造りでところどころに火のついたろうそくが置かれているあたり、まさに牢屋へと向かっているような感じだ。
「……ミツキ」
 後ろから、名前を呼ばれた。
 そういえば、初めて名前を呼ばれたな、などと胸をときめかせながら、平静を装って振り返る。
「なんでしょう?」
「もう少し、歩き方、なんとかならないか」
「歩き方?」
 首を傾げたまま、自分の足元を見る。と、美月は愕然とした。
「あっ……」
 階段を一段降りるたびにドレスの裾が揺れて、スリットから大胆に曝け出される脚。すっかり、忘れていたのである。いかに、自分がオトナのハロウィンパーティーさながらにセクシーで目のやり場に困る格好をしていたか、ということを。しばらく着ているとあの開放感にも慣れてきてしまい、気にせずいつもの調子で歩いてしまっていたのだ。
 つまり、階段の上から美月を見ることになるクラウドには、太もものみならず、きっと臀部までもが見えていたことになる。
「み、見ました?」
 美月は慌ててドレープを引っ張って、スリットが割けないようドレスの裾を押さえる。
「見てない!」
「う、嘘ですよね? 顔赤いですもん!」
 ろうそくの明かりに浮かび上がるクラウドの端正な顔は、彼女の言うとおり、ほのかに紅潮していた。
「な、これは、ドレスが暑いからだ」
「嘘だったら、報酬の額減らしますからね」
「そもそも、そんな格好をするアンタが悪いだろう!」
 クラウドの言うことも一理ある。ここまで高い露出をしておいて、見るなと言うほうが難しい。
 美月は急に恥ずかしさを思い出して、背中のケープで腰を包むように腕を広げてから、体の前でぎゅっと組んだ。
「下着姿も見られるし、おしりも見られるし、もうやだ……」
 ぶつぶつ、呟く。
「すべて、不可抗力だ」
 そう言う声からは微塵も悪びれる様子は感じられなかった。
 足を止めて、美月は唇を尖らせてきっと涼しげな顔をしているだろう男の顔を見てやろうと、クラウドを振り返った。
「報酬、三割減にしますからね」
「……アンタ、それ、わざとやってるのか?」
「は?」
 クラウドの視線を辿る。と、そこには、腕を組んだことにより、強調される谷間。たわわな桃が二つ、今にも白い布地からこぼれてしまいそうだ。
「わっ……わざとじゃないです!」
 手で胸を隠しつつ、一体なぜ自分はこんなお色気キャラになってしまったのだろう、と疑問に思う美月であった。
 散々な目に遭いながらも、エアリスに早くとうながされて階段を下り切ると、薄暗い部屋の奥に、青いドレスを着た黒髪の女性の姿が見えた。
「あの人が、ティファさん?」
「うん。……って、どうして階段に戻るんですか?」
 先ほどまですぐ後ろにいたクラウドが階段へと戻る気配がした。
「ちょっと、俺のことは放っておいてくれ……」
 首を傾げるも、放っておきましょ、とエアリスがなにやら呆れを含みながら言うので、美月は気にしないことにした。
「あなたが、ティファさん?」
 エアリスが女性の背中に声をかける。
「はじめまして、わたし、エアリス。あなたのこと、クラウドから聞いてるわ」
 ティファが振り返る。
「あっ、公園にいたひと? クラウドと一緒に……」
「そ、クラウドと一緒に」
「そう……」
 乙女の憂いを孕んだ瞳をそっと伏せたティファに、エアリスは巻き髪をふわりと揺らして微笑む。
「安心して。少し前に出会ったばかりだし、それに、ミツキもいたからなにもないの。ね、ミツキ」
「ミツキ!?」
 急に話題を振られて、美月はエアリスの後ろから顔を出す。
「ティファさん、無事で、よかったです」
「ミツキこそ! って、なにその格好!」
 ティファは美月を見るや否や目を剥いて、口に手を当てた。
「これは、ここに入るために……」気恥ずかしくなって、鎖骨を掻く。
「ふふふっ、かわいいでしょ! わたしコーディネートなんだ。テーマは古代神話の女神さま!」
 やはり、そういうテーマがあったのか。どうしていきなりそのようなテーマを持ち出したのかはいささか不思議ではあったが、非常に再現度の高いコーディネートだと美月は内心感心する。
 ほら、とエアリスに腕を引っ張られて、クラウドに指摘されたスリット部分に気をつけながら二人の前に歩み出る。と、ティファが突然抱きついてきた。
「えっと、ティファさん……?」
「かわいい! 似合ってる! 本当に女神かと思った!」
 女が三人集まれば姦しいとはよく言ったもので、ドラキュラの棲家を思わせる棺桶が置かれている場所だというのに、途端にパーティ会場のような賑やかさだ。
 ティファの熱の篭もった言葉に戸惑いながら、ええと、と言葉を探す。そんな美月を見て、エアリスはうれしそうに後ろ手に手を組んだ。
「やっぱり。ね、ミツキ、わたしの目、間違ってなかった」
「そう……?」
「うんうん。だって、あのクラウドだってミツキの色気に鼻血を出しちゃうくらいなんだから。ね、クラウド?」
「エアリス、それは……」美月は振り返ったエアリスを制止しようとする。が、時すでに遅し。
「え、クラウド?」
 そこで、やっとのこと、忘れられていた主役の登場である。
 こつ、こつ、と控えめな足音がして、暗がりからパープルのロングドレスとブロンドの髪の女性が現れた。
「クラウド!?」
 驚きのあまり、ティファが飛び上がった。
「その格好はどうしたの? ここでなにしてるの? あ、それより、あれからどうしたの? 体は大丈夫?」
 幼馴染のまさかの姿に、頭が混乱しているようだ。矢継ぎ早に繰り広げられる言葉は、彼女の連続攻撃並みの勢いである。女装をしたクラウドが気まずそうに体を揺すった。
「あまり、いっぺんに質問するな」
「ご、ごめん」
「この格好は……ここに入るためには仕方なかった。あと、身体は大丈夫だ。ミツキと一緒に、エアリスに助けてもらった」
 ティファを窘めるものの、なんだかんだとすべてに答えてあげるクラウドであった。仕方がなかった、という言葉のところで思わず笑いそうになった美月であったが、鋭い一瞥をくらって咄嗟に手で口を覆ったことは言うまでもない。
「ところで、ティファ、説明してくれ。こんなところでなにしてるんだ」
「え、ええ……」
「オホン! じゃあ、わたし、耳塞いでるね」
 まだ動揺が隠せないティファだったが、空気を読んだエアリスがくるりと背を向けて耳を両手で塞ぐと、ゆっくりと話し始めた。
 伍番魔晄炉から彼女とバレットが戻ると、店の周りを妖しい男がうろついていたという。七番街はさほど大きくはないので、見知らぬ人間がいると目立つ上に、なにやらアバランチのことを嗅ぎ回っていたらしい。バレットがその男を捕らえて、キューッと締め上げて話を訊いたところ、ドン・コルネオの名前が出てきた。
 バレット曰く、コルネオは小悪党だから放っておけとのことだったが、ティファは気になってここまでやって来てしまったというわけである。
「それで、なんとかここまで来たけど、ちょっと困ってるの」
 ティファの言葉に、美月は首を傾げた。
「なにか、あったんですか?」
「……コルネオは自分のお嫁さんを探してるらしいの」
「お嫁、さん……」
 想像もしなかったまさかの言葉に、美月は微かに眉を顰める。
 ティファはこっくり頷いた。
「毎日四人の女の子の中から一人を選んで……あの、その……とにかく! その一人に私が選ばれなければ、今夜はアウトなのよ」
 毎日そんなことをしていることにも驚きだが、ティファがそこに選ばれようとしているとは。あまりの衝撃的な内容に、美月とクラウドは開いた口が塞がらない。
 すると、後ろから、「あの、聞こえちゃったんだけど」とやわらかい声が飛んできた。
「四人の女の子が全員あなたの仲間だったら問題ナシ、じゃないかな?」
 たしかに、それもそうだ。それならば、確実にコルネオに話を訊くことができる。しかし――。
「それって、もしかして……」美月が小さく呟く。
「もしかしなくても、ほら、わたしとミツキと、それからクラウドちゃん。これで四人、揃ったね」
 にっこり、エアリスは翳りのない笑みを浮かべていた。

 かくして、美月が抵抗する隙もなく、四人でコルネオの嫁探しに挑むことになった。
「いいか、アンタは余計なことをするな」
 手下に呼ばれてコルネオの部屋に向かう道すがら、クラウドが美月に耳打ちをする。
「そのつもり、です。でも、その、万が一ですよ。もし、選ばれたら……」
 どうしましょう、と美月は不安そうにクラウドを仰ぎ見た。
「できるだけ早く、助けにいく。それまで時間を稼げ」
「時間を稼ぐ……」
 嫁探し、つまり、そこにはある営みが含まれるわけで。美月は想像して、ごくり、と唾を飲み下した。
「ああ。話は俺たちがつける。無理になにかしでかそうとするなよ」
 神妙なまなざしに、こっくりと頷いてみせる。
「わかりました。なんとか、頑張ります」
 戦うことはできないが、美月なりに上手く立ち回る決意をした。ここまで来て、いやだなんだと騒ぐほど、彼女も子どもではない。
 これは一夜限りのキャバ嬢体験だと思えば――美月は自分に言い聞かせる。
 お客様にその場限りの夢を見せてあげる、そうだ、それだけのこと。美月はぐっと拳を握ると、唇を舐めた。
 ぴん、と背すじを伸ばして、手首に着けられたカフスの目映い輝きを見つめる。きらきら、館の派手な照明に、光を放つそれは、今まで着けてきたどんな時計よりも、ブレスレットよりも、皮肉ながら上等なものだった。せっかく綺麗な格好をしているのだ。少しでも満喫しないと――満喫する、というのも妙な表現だが――もったいない。
 美月は前を向く。
 まっすぐに伸びた背すじ、それから、凛と澄まされた顔は、たしかに、女神のような尊さと妖艶さが生まれていた。
 クラウドがなにやら彼女のことをじいっと見つめていたが、美月は気づかずに、エアリスのあとに続いて階段をどんどんと登っていった。
 大盛りの部屋に連れて行かれると、美月たちは一列に並ばされた。
「ほひー! いいのぉ、いいのぉ!」
 これが、本物のドン・コルネオ。小肥りのいかにも羽振りのよさそうなおじさんに、美月は思わず笑みを引きつらせていた。
(がまん、我慢よ美月)
 妙にあどけない話し方と、荒い鼻息、それから下卑た笑み。どれも女子としては生理的に受けつけないものの、微塵も動揺の色を見せないティファやエアリスを見習って、美月も無垢な少女のまなざしを装って彼を見つめる。
「どのおなごにしようかのぉ、このコかな、それともこっちのコかな?」
 ティファ、エアリス、と順に鼻を近くに寄せてじろじろと見定めするコルネオに、美月はぐっと唾液を飲み下す。が、そんな美月の心情もおかまいなしに、彼女たち二人は、各々体や視線を使ってアピールをしていた。
「むむむ、このおなごはっ……」
 そして、自分の番になったとき、美月はほんの一瞬迷う仕草を見せたものの、じろじろと自分を舐めるように眺めるコルネオに、なにかが振り切れてしまった。
 羞恥心という言葉はどこへやら。わざと爪先を半歩前に出して、スリットの切れ目を際立たせてみせる。
「ほ、ほひー! たまらん! たまらんのぉ!」
 アンタ、なにしてんだ、と横から鋭い視線が送られた気もしないが、美月はしっとりとした笑みを浮かべてコルネオを見つめていた。
 それから、言うまでもなく、コルネオは順番どおりクラウドのこともじろじろと眺めた。このときの恥じらう仕草が妙に女っぽくて、思わず笑ってしまいそうになったのは、ここだけの話である。
 クラウドが選ばれたら面白いのにな、と美月は自分がどれほどセクシーな格好をしているのかも半ば忘れて、隣のガタイのいい美女を盗み見た。ブロンドの髪から覗く白い肌、長い睫毛に覆われた、魔晄色の煌めく瞳。小ぶりな唇はルージュでぷるん、と潤っており、果物のゼリーにも見えなくもない。
 女ながらに、彼のその美しさに見惚れてしまう。と、ぱっちり、目が合った。こっちを見るな、と睨まれてしまうだろうか、そんなふうに思って美月は眉をちょこんと下げて、咄嗟にはにかんで見せる。クラウドは目を見開き、唇を舐めると、微かに身じろぎをしただけだった。
「ほひぃ、ほひぃ、決めた! 決めた!」
 なんだろう、とその反応に首を傾げていると、コルネオの興奮した声が響いた。
「今夜の相手は……」
 ついに、審判が下される。

「たまんねぇなあ、アンタのその体。ドンには選ばれなかったけど、安心しろ、俺がかわいがってやるからよぉ」
 美月はふかふかのシーツの上にいた。
 目の前の男の言うとおり、嫁候補には選ばれなかった美月は、こうしてコルネオの手下の相手をすることとなった。今夜のお供に選ばれたティファ以外、エアリスとクラウドも同様に、屈強な男たちに連れ去られていった。
 ティファは無事だろうか。それからエアリスと、クラウドも。美月は目の前の男を反射的に見上げながら思う。
「名前は?」
 男は下卑た笑みを浮かべながら、美月の顎や首すじを撫でてくる。
「美月、です」
「ミツキ、不思議な響きの名前だ。その服に似合ってるなぁ」
 咄嗟に本名を答えてしまったことに後悔したが、時すでに遅し。
 子分の部屋はコルネオの部屋に比べるとさほど大きくはなかった。ベッドと照明と、必要最低限のものがあるのみ。どちらかというと、値段の安いラブホテルのような、まさに、そういった行為専用の部屋といっても過言ではない。
「ミツキちゃん、さあどうしてほしい?」
 男の手が鎖骨を伝って、露わになった肩をするりと撫でる。
 ぞくり、背すじが粟立った。快感などではない、こんなことを毎晩やっているのかという嫌悪感だ。とはいえ、ベッドに腰掛けた美月を見下ろす男は、屈強な体つき。こんなところで用心棒をしているのだ、丸腰の美月がどうにかしようとしてなんとかなる相手ではない。クラウドの言葉どおり、下手な行動は控え、時間を稼ぐべきだろう。
「どうしてほしい、って、どんなことしてくれるの?」
 美月は嫋やかな笑みを浮かべて、男に視線を返す。
「あぁ、たまんねぇなぁ、その目。おら、もっとよく見せてくれよ」
 グッと顎を掴まれて、男の顔が近づいてくる。
「ふふ、乱暴したらやあだ」
 艶やかな女を演出するが、内心はその顔を跳ね除けたくて堪らない。
 荒い男の鼻息、上気した頬、熱を滾らせる瞳。戦闘にはなりそうにない。だが、このままではすぐに情事に突入するだろう妙に熱の篭った空気を肌に感じる。
「俺のとびきりのキスで、骨まで溶かしてやるぜぇ」
 うすら寒い台詞にゾッとしながら、美月は陶酔した表情をつくり男に応える。
「溶かして……?」
「言われなくとも」
 ガサついた指先が唇をなぞり、貪るような猛獣のキスが贈られた。
 ――あぁ、キス、しちゃった
 自分の中でなにかが失われていくのを感じながら、美月はキスを受け入れる。激しく舌を絡ませ、唾液を交わす。ぞくぞくするような感覚が喉元にこみ上げるが、それは快感の類ではない。ん、はぁ、と潤んだ吐息を漏らしてみせると、男は気分をよくしたのか、手にひらを肩へ、鎖骨へ、そして、白い丘陵へと落としていく。
 ドレスの隙間に入りこんできた指先は熱く、わずかに湿り気を帯びている。乱暴に肌を味わいながら、徐々に中芯へと近づいてくる。ねっとりとした舌が口内を蹂躙する激しさが、増していく。
 きもち、悪い。男の欲を受け止めながら、美月はシーツに指を食い込ませる。
 ――どうしよう
 このままでは、確実に美月の貞操は奪われるだろう。薄っすらと目を開いてみれば、無防備にも男は美月に夢中。攻撃を仕掛けるなら、今だ。だが、どうすればいい? 一発で仕留める自信はない。それに、男が逆上したら? まだクラウドが来る保証はない。
 ――そうだ、時間、稼がなきゃ
 美月は覚悟を決めると、男のがっしりとした胸に手を置いて、男の動きを阻んだ。
「ね、わたし、体の大きい人って、大好きなの。よく、見せてくれない?」
 半ば強引に唇を外しながら、まるで舌で舐めるように男の厚い胸を指でなぞる。顔は男の胸に向けたまま、瞳は男の顔を見上げて。もちろん、うっとりとしたまなざしを作るのを忘れずに。
「仕方ねぇな、ほらよ」
 男は着ていたシャツを脱いで、上半身裸になった。格闘家を思わせるほどの筋骨隆々な体は、見ている分には正直悪くない。とはいえ、体を許せるかと言ったら話は別だ。この先に進むのをどうにか避けるべく、美月は時間を稼ごうと男の気を引く作戦に出る。
「はぁ、すごい……わたし、ときめいちゃう。こんなひとに、抱かれるのね」
 普段なら絶対に口にしないだろう艶やかなセリフを口に、せりあがった筋肉をつつ、と指先でなぞる。男の体が震え、美月が主導を握れるかと思ったその瞬間、あろうことに男が彼女の手を掴み、強引に首に顔をうずめてきた。
「ひっ……」
「あぁ、もう無理だ、我慢ならねぇ!」
 作戦失敗、である。どうにも煽りすぎてしまったようだ。
 男の愛撫は勢いを増すばかり。胸を押し返して抵抗するも、男は飢えた獣さながらに美月の胸元をまさぐってくる。ねっとりとした舌が鎖骨を這い、手が背面を覆ったケープの下を撫で、美月はゾッとして体を震わせる。
「ひゃっ、まだ、だめ! あ、やめっ――」
 と、助けを呼ぶ声を上げようとしたところで、
「そこまでだ!」
 ドアが蹴破られる音ともに、激しい氷のつぶてが男の後頭部に突き刺さった。
「クラ、ウド」
 まさに一瞬の出来事だった。すっかりドレスから着替えた金髪碧眼の美男子が、ベッドの上の二人の状況を見るやすごい形相で近づいて、逞しい腕で男に一撃を追加で食らわせた。攻撃を受けた男はなす術もなく、意識を飛ばし美月の体へと倒れ込んできた。
「大丈夫か」
 ひとつも呼吸を乱すことなく、クラウドは男の体を美月から引き剥がして、声をかけてくる。
 こっくり、美月は半ば放心状態で頷いた。
「これ、死んじゃった……?」
 ドサリ、呆気なく落ちた男の体を見下ろして、乱れた服も直さずに言う。
「いや、気絶しただけだ」
「気絶、そっか、そうですよね……」
 クラウドが男の体を引きずって、部屋の端へと移動させていく。その間も美月は動けずにいた。バクバクと激しく鳴る鼓動を聞きながら、呼吸を繰り返すのがやっと。
 ほとんどレイプに近いあんな状況も、そして今目の前にある、人間が血を流して気絶している状況も、美月にとってははじめてのことだった。
「それより」
 床の一点を見つめていると、不意に腕を掴まれた。ぐっと引き寄せられ、ふわり、甘く爽やかな香りが鼻をつく。
 ――え?
「アンタは、なんであんな馬鹿なことを……」
 なんと、クラウドの厚い胸板に飛び込んでいたのだ。
「ばかなこと……?」
 美月は目を丸くしてクラウドの顔を見上げる。と、クラウドが自分の行動に気づいて、サッと体を離した。
「っ、男に体を触らせてただろ!」
「時間、稼ごうと、思って」
「もっと、ほかに方法があったはずだ!」
 やさしい抱擁から一変、クラウドは美月の肩を掴むと、ガンガン揺さぶってくる。
「そ、そんなこと言われても、あれしか咄嗟に思いつかなくて。あれでも、結構もたせたほうなんです!」
 激怒するクラウドに、美月は洗濯機で回されるように頭をぐわんぐわんと揺らしながら、必死で言い訳を並べた。
「時間を稼ぐのに、体を触らせる馬鹿がいるか!」
「でも! ほら、助けに来てくれたから、なんにもないですし!」
 クラウドが来てくれたおかげで、唇は許してしまったが、なんとか貞操は守れたのだ。そう考えれば、時間稼ぎには成功している。
「なんにも? あれがなんにもないっていうのか?」クラウドが揺さぶる手を止めた。
 ぐらり、視界は反動でまだ円を描いている。それでも美月は、クラウドを安心させるように続けた。
「子どもじゃあるまいし、あれくらい、どうってことないですよ」
 気持ち悪かったのは確かだが、なにより――、
「絶対、来てくれるって、なんとなく、思ってましたし……」
 そう、クラウドが来てくれるだろうと思っていたから、美月は正気を保てた。酷い嫌悪感に襲われながらも、こらえることができた。
 ね? とへらり笑ってみせると、クラウドはくしゃ、と整った顔を歪めた。
「……なんなんだ、アンタは」
 低く、言葉を口の中で噛み潰すような声が耳に届く。
 なんなんだと言われても、と美月は肩をすくめる。すると、拗たようにムッとくちびるを結んだかと思いきや、クラウドはグローブをしたまま、ゴシゴシと美月の首元を拭い始めた。
「ちょ、ちょっと、痛いです」
「我慢しろ」
「も、やさしく、してくださいよ……!」
「チッ……」
(し、舌打ち!?)
 ギャンギャンと文句を言われて、クラウドは渋々とグローブを外す。そして、あろうことか、そのまま、つ、と美月の鎖骨をなぞった。
「んっ……」
 長く、男の人にしては綺麗な指先は、グローブをしていたというのにもかかわらず、想像するよりもずっと冷たくて。先ほどの熱い欲望の塊とは、大違いだった。美月は思わず甘い声を上げていた。
「……な、なにやってんだ!」クラウドが瞠目した。
「い、いまのは、ちょっと……。そう、びっくりして! その、あなたの指が、冷たかったから……」
 いや本当になにやってんだ、わたしたち。美月はサッと胸元を隠すように体を抱きしめて、気まずさに視線を逃した。
 ――パサ
 美月の体に、白い布がかけられる。
「これ……」美月が着ていたワンピースだ。
「……とにかく、早くこれに着替えろ。エアリスとティファのもとに行くぞ」
 こっくり、美月は頷いた。
 背を向けるクラウドの後ろで、急いでワンピースに着替える。
 ――このひと、本当、よくわかんない
 昨日までは美月のことを警戒していたというのに、いきなり抱きしめられたり、過度に心配されたり。いつのまにか一気に距離が縮まったような気がしなくもない。
 ――気のせい……よね
 みぞおちのあたりの疼きに気づかぬふりをして、ワンピースに袖を通す。
 大きな背中に少しだけ気を取られながらも、美月はやっとのこと普通の服を着られることに安堵していた。
 だが、悠長にしている暇などない。
「着替え、終わりました」
 声をかけると、クラウドは先ほどの疑念を吹き飛ばすように、「行くぞ」とただひと言口にして、振り返ることもなく部屋を出て行った。