episode.12

 恥ずかしい一面を晒して、思わずコオリッポのこおりフェイスをかぶってしまいたくなったものの、そのあとは午前中と同じくひたすら特訓と作戦会議に勤しんだ。
 スタジアムでは心置きなくダイマックスさせることができるため、トーナメントに参加しないというメロンさんやトレーナーの皆さんの手を借りたり、ひと休みに昨年のポケモンリーグの映像を鑑賞したり、まるで少女時代に戻ったような心地でいっぱいになった。
 むかしむかし、まだ私が無垢だったころ、ほかの少年少女と同じようにポケモンを手にして喜び、ともに切磋琢磨する。ひたすら夢中になって、目標に向かって突き進む。大人になってしまいこんでしまった気持ちを、たしかにその胸に抱いていた。
 副社長とメタグロスの強さはもちろん、卓越したバトルセンスには学ぶところが多い。隣に立つのさえ、億劫になるほどだ。けれど、やるからには、ダンデにもキバナにも負けたくない。そう、勝ちたいのだ。
 メロンさんと何度目かに対峙するころには、その気持ちがなによりも大きくなっていた。真剣になればなるほど、自分がダメになることは知っている。副社長に向かってデボン社員が真っ青になるような生意気な態度すら見せていたと思う。
 でも、はっと気がついて彼を見れば、大丈夫と告げるように笑っているから、私は信じられないくらい安心してがむしゃらになることができた。汗まみれになっていくら汚い格好になっても、ダイマックスしたラプラスにいいところで負けて悔しくて叫んでも、「一緒だ」とうれしそうに笑ってくれる。「休んだらもう一回」と手を差し伸べてくれる。
 ――キミがいくら失敗しても、何度でも何度でもやり直して、自信の持てるやり方を一緒に探すよ。
 その言葉のとおり、彼は一緒に立ち向かってくれた。
「ローラ、見ないうちにこれまたいい男捕まえたねえ」
 メロンさんにそう耳打ちされたが、「そんなんじゃないですから」という言葉はバトル後の荒い息遣いに掠れてしまった。

 そして、パーティー当日。
「いつのまに、こんなもの……」
 鏡の中に立つ女の姿に私は唖然としていた。いつもの量産的なスーツやオフィスカジュアル――ではなく、ホルターネックのロングドレス。腕や肩はもちろん背中まで惜しげもなく披露し、マーメイドラインの二重になったレースの裾がはらりと踊る。どこか大人っぽく、それでいてどこかあどけなさを感じさせる。まるでフラージェスみたいだった。
「うん、よく似合っているね」
 と、にこやかに笑みを浮かべるのは無論つよくてすごいあの上司だ。
 彼も彼でパーティーの主役と言わんばかりのなめらかな漆黒の燕尾服を纏っている。アーマーガアの比翼のようなそれは、ありふれた色なのにきっと会場で最も目立つのだろう。それはさておき、朝起きていざシャワーを浴びようと思ったら、ドアベルが鳴り確保。専用のチェンジングルームであれよあれよと言う間に着付けられてしまった私は、彼と自分の姿を見比べて顔を覆わずにはいられなかった。
「……着替えます」
「どうして」
「だって秘書としてこんな、派手すぎます」
「そうかな。エレガントで素敵だと思うけど」
 あくまで私は副社長の秘書であり、ゲストをお招きする側。そして、影で彼を支える人間だ。たしかに副社長の言う通り、上品な印象のとてもセンスのいいドレスだろう。しかし、秘書にはすこし派手すぎないだろうか。それに色だって、透き通るようなプラチナブルー。彼の髪と一緒の色だ。
「目を開けて」
 ふっと耳元で囁かれる。
「今日キミは秘書ではなく、ボクのパートナーだ」
「いえ、それは聞いていないのですが」
 思わずローテンションでツッコミを入れると彼はからりと髪を揺らす。
「ごめん、今言った」
「今言った、じゃ、ないんですけど! なんで、そんな……!」
「ごめんって。でも、バトルのパートナーには代わりないだろう? ボクに隣立つキミが、この世で一番輝くようにコーディネートしてもらったんだ」
 あまりに歯の浮くようなセリフに反論するのも忘れてオクタンさながら顔が真っ赤になる。そんな私を見て、副社長は鏡の中で微笑するばかり。
 程よく抜け感を意識したアップヘアと、耳にはゆれるピアス。瞬きのたびにアイシャドウがきらめいて、今この瞬間自分が主役なのではないかと思ってしまう。
「とてもきれいだ」
 ……やめて、そんなふうにまっすぐ見つめないで。そんな言葉は声にならない。
「……デボンコーポレーション、ツワブキダイゴの名に恥じぬよう、頑張ります」
「リラックス、ボクがいるから大丈夫さ」と副社長は手を差し出してくる。
 あなたがいるから大丈夫じゃないのだ。心の中で叫びつつ、今夜ぼうふうどころかダイジェットが吹き荒れることを予感しながら私はその手をとった。

 いよいよパーティーは始まった。見知った顔もまばらに見える中、副社長と私は控え室でモニター越しに会場の様子を見ながら今日の流れを確認していた。
 まずゲストが揃い次第、開会のグリーティング。これはデボンコーポレーションガラル支社の取締役が行う。次いで来賓紹介となり、副社長の出番だ。本社代表としてステージに登壇する彼の後ろに私も続く。本当に? と思ったが、本当にそうらしい。ただの秘書がいい身分だ。それはさておき、紹介が終わったらしばし歓談。その後デボンガラル支社広報部と製品開発部、ならびにダイマックスラボによる新製品の発表。そして、最後にお待ちかね、特別エキシビションマッチだ。
「緊張してきた?」
「……当たり前です」
 これまで参加したどのパーティーよりも心臓が暴れ回っている。げきりんも目ではないほど、大人しく立っていられなくて左手をぐっと反対の手で掴んでいると、副社長がそれをほぐすように優しく手を伸ばしてきた。
 ぬくもりを感じながら、背すじを伸ばす。係のスタッフがやってきて、いよいよ出番がやってくる。会場に繋がる通路を通り、ステージの袖へ。粛々とした拍手を聞きながら、ガラル支社長から紹介されるのを待つ。
「リラックス」そんな声が聞こえて顔を上げれば微笑む副社長。そうだ、こんなところで立ちすくんでいる場合ではない。闘いはこれからだ。
「本社より、ツワブキダイゴさま」
 わっと割れんばかりの拍手が響き、エスコートでステージへ向かう。ホウエン流にお辞儀をして顔を上げると、世界が大きく広がった。
「本日、ダイゴ副社長には特別にエキシビションマッチにもご参加いただきます。また、隣にいらっしゃるのはパートナーのローラさまです」
 ま、ままま、待って!?
 ……などという叫びを上げられるはずもなく、会場全体に嵐が吹き荒れる予感をありありと感じる中、副社長だけはけろっとした顔で、むしろムカつくまでの威風堂々とした様子で私の隣に佇んでいた。