ヘイ、スマホロトム、副社長秘書のお仕事を調べて。
と、いうのは、ここ最近の私の口癖である。そのたび言葉にできないような動画が出てきてしまうことになり、スマホ画面を割りそうになることもお馴染みの流れだ。
「楽しみだね、ローラちゃん」
今日も今日とて、「やまおとこ」ルックの副社長が隣でさわやかに笑っている。会議でのあの真剣な姿はどうしたの、と言いたいところだが、もはやなにも言うまい。
しかし、今日はただ単に採掘をしにいくわけではなかった。現に、私たちがいるのはシュートシティ。スタジアム近くのとある公園だ。ここには野外のバトルコートがあり、だれでも気軽にポケモンバトルが楽しめる場所だった。
「私、ダブルバトルってしたことないんです」
否、正確には、チャレンジャー時代まで遡ることになる。
ナックルシティを歩いていると、見知らぬトレーナーから誘われ即席タッグを組んでバトルをすることになった。その子たちはナックルジムに挑むと言っていて、その時代からおなじみだったダブルバトルの試練を乗り越えるためにも、どうにか特訓をしたかったのだ。私はそんな彼らを横目に、結局、ジムチャレンジを棄権してワイルドエリアでのレイドバトルに夢中になっていったのだけれど。
とにかく、そんな遠い記憶なので、もはや経験には含めないほうがいいだろう。大学でも友人たちはよくランチを賭けてダブルバトルをしていたものだ。それに誘われることも多かったが、どこか苦手意識があり、私はほとんど応援する側だった。
同じく「やまおんな」ルックではあとため息をつく私に、副社長は、「大丈夫」と声をかけてくる。
「ボクたちならうまくやれる」
「だから、その自信はどこからくるのですか」
「ボクのトレーナーとしての勘、かな」
そんな勘、頼りになるものか。と、口に出しそうになったところで、この人がホウエンリーグの歴代チャンピオンであることを思い出す私であった。
「知りませんからね……」
「うん。とりあえず、今日は軽く合わせてみよう」
そういうわけで、このあやしさ満点の格好で、一般人に紛れてタッグバトルの特訓をすることになったのだ。
現在は真昼のシュートシティで、相手になってくれるトレーナーを探している。
はたから見たら、やばいアベックがいるとうわさされかねない格好だが、副社長は著名人なのでしかたがない。あの、いかにもお金持ちです、と言わんばかりのスーツでは目立つのだ。
「すみません、ちょっと……」とベンチに座るトレーナーに声をかけると、早速バトルをすることになった。
「ルールは二対二、お互い手持ちは一体ずつ。また、バトル中のアイテム使用も今回はなしでお願いします」
副社長が丁寧に告げると、パンチパーマにサングラスのお兄さんと連れ合いのお姉さんは了承してくれる。見た目はややクセが強いが、ポケモン好きに悪い人はいないって本当みたいだ。
「緊張する」
「レイドバトルのときはあんなに生き生きしていたじゃないか」
「レイドは、レイドなんです。こっちは、ダブルバトルは、なんだか協力自体がバトルの要って感じがするじゃないですか」
「そう?」不思議そうに小首をかしげる副社長に、私は腰につけたボールへとふれながらこっくり頷く。
タッグという呼び名があるとおり、ダブルバトルはトレーナー同士の関係も大事な印象がある。言うなればそう、テニスだ。レイドバトルは個々の意識はほぼシングルスに近い。倒す相手は一人であり、相手から返ってきたボールをまた相手に向かって打ち返せばよい。だが、ダブルスはちがう。コートにもう一人人間がいて、その人を意識しながら動かねばならない。サポートしたり、サポートされたり、ポケモンバトルの場合は実際に動くのはポケモンだが、トレーナーはもう一人のトレーナーと、そのポケモン、また、それだけではなく相手にも二体ポケモンがいる。
考えを巡らせる範囲が広がるうえ、自分の手が届かないところまでにそれは及ぶ。そうだ、たぶん、バトルを構築する主導権が自分の手から離れていく感覚が怖いのだ。
知らず識らずのうちにモンスターボールを手で握りしめていると、副社長は私の両肩をそっと掴んだ。
「ボクは、そんなキミとパートナーを組めてうれしいよ」
「そんな、って……」
「ほかの人からしたらきっと、たかがダブルバトルで考えすぎって思うかもしれない。けれど、キミが不安になるのは、キミはボクとともに、このバトルに挑もうとしてくれている証拠だ。きちんと、ボクがいることを認識してくれている、ってね」
ボクが、いる……。
「認識、しますよ、そりゃ」
だって、自分の上司なのだから。じっと見つめられると、みぞおちがどうにも疼いてたまらなくなる。思わず視線を逸らす私に彼はふっと笑った。
「足を引っ張っちゃうんじゃないか、とか、やり辛いんじゃないか、とか、いろいろ怖いかもしれない。でも、大丈夫。ボクはそんなに弱くないし、キミがいくら失敗しても、何度でも何度でもやり直して、自信の持てるやり方を一緒に探すよ」
優しく心を撫でるような声が私を離してはくれない。キザすぎていまにも砂を吐きそうなのに、心臓は真逆の反応を示している。本当に、このひとのこういうところ、調子が狂うから苦手だ。
「採掘はお預けにして、パーティーまでとことん付き合ってもらいますからね」
悔しまぎれに可愛げなく唸ると、「もちろん」彼はうれしそうに頷いて私の肩を離した。
「ポケモンはどうする?」
「正直、迷ってます。ミミッキュの育成はまだ中途半端だし、出すならラプラスか、ゲンガーか……」
「それぞれやってみようか」
今日は長い一日になりそうだ。リュックを下ろしてバトルコートの外に置き、シャツの腕を捲り上げる。風に靡いていた髪も一つにまとめ、頬をぱしん、と叩く。
「なんでしょうか」視線を感じて横を向けば、副社長がにこにこ笑って、なんでもない、と前を向いた。
相手のトレーナー二人も準備ができたようで、向き合った瞬間に空気が張り詰める。いよいよ特訓開始だ。
「ラプラス、出番よ!」
モンスターボールを投げて、青く美しい相棒が現れる。散歩をしていた人たちが足をとめ、しばしラプラスに見惚れている。隣の副社長と顔を見合わせてこくりと頷き合うと、彼もまた御曹司投げを披露した。
「出ておいでメタグロス!」
副社長の美しい髪を映したような、スティールグレーのメタグロスが閃光の中から飛び出し、周囲にいたトレーナーたちがどよめく。
「まじかよ、色違いのメタグロス!」
「ガラルで見られるなんて思わなかったな!」
「てか、もしかしてあれってさ、ホウエンチャンピオンじゃないの?」
「うお、よく見れば! どうしてこんなところに?」
「えっ、ツワブキダイゴ? ツワブキダイゴなの?」
あれ? 全然、紛れられてないじゃん? と、思わずソニア博士を心の中に召喚してしまう私であった。
慣れないタッグバトルに苦労しながら一戦目を終え、二戦目はゲンガーを繰り出す。同じフィールドに仲間がいるとなると、ラプラスではなみのりなどの全体技が制限されてうまく動かしてあげられない。今度こそはという思いだった。
メタグロスは猛攻型のポケモンの上、副社長により完璧なまでに鍛え上げられている。こんな一般トレーナーの集まるところでは、もはや彼一人で相手を倒しているような勢いだったが、パーティー当日は覚悟して挑まないといけない。ジムリーダーはもちろん、ダンデに当たる可能性があるのだ。
ダンデがリザードンを出してくるならば、メタグロスとのタイプ相性はよくない。と、なると、メタグロスの攻撃を邪魔しないのはもちろんだが、彼の攻撃をフォローできたら御の字なのではないだろうか。
私に、それはできる?
「そうそう、キミのその顔、たまらないよ」
ふとそんな声が聞こえてきたが、はがねの心でスルーしゲンガーに指示を出した。
そうして、二戦、三戦と勝ち抜きバトルのような状況が続き、太陽が真上に上がるころには閑静な公園にかなりの人だかりができていた。
「まったく。なにやっているんですか、あなたがたは」
そして、午後。偶然そばを通りかかったマクワくんによって、円を描いた人だかりの中から回収された私たちは、キルクスタウンまでやってきていた。
粉雪がはらはらと降る中を歩き、最奥のスタジアムへ向かう。前をゆくマクワくんは、背を見るだけで心底呆れているのがわかった。隣には、雪がほどける感覚を楽しみながらセキタンザンが歩いている。
「ごめんね、マクワくん」
「消息がつかないとうわさされていると思ったら、まさかあんなところでバトルをしているとは。ボクがいなければ、もうすこしでジュンサーさんが出動するところでしたよ」
「本当に、感謝しています……」
SNS上では、《元ホウエンチャンプのゲリラ試合》という投稿が次々とアップされていたらしい。本当にマクワくんがきてくれてよかった。
肩身の狭い思いで雪にすべらぬよう気をつけながら坂を上がる。ほどなく、スタジアムが見えてきた。
「中へ入るのは初めてだ」
副社長は、以前買ったストールを首へ巻いて優雅に白い息を吐き出している。
「ダイゴさんは、ガラルにいらっしゃってどれくらいですか」
「そろそろ二か月、いや三か月か。ほぼ会社とホテルの行き来でしたから。すみません、お忙しいのに案内していただいて」
うそだ、私と出会う前も絶対洞窟に篭っていたでしょう、という言葉はまるのみした。
マクワくんと副社長はどこか波長が合うのか、和やかに会話を繰り広げる。もとより副社長は人たらしなところがあるので、誰彼問わず会話をはずませる手腕のおかげかもしれないけれど、セキタンザンを見て頬を上気させているあたり、彼はややはしゃいでいるようだった。本当に、いつもどんなときでもペースを崩さない人だ。
そうしてなんだかんだと話しながら受付で記帳を済ましスタジアムに入ると、暖かい空気が体を包んだ。久しぶりに吸うキルクスジムの香りに、どこか気持ちが安らぎたまらず私は深呼吸をした。
「マクワくん、メロンさんはどちらにいらっしゃる? もし大丈夫であれば、久しぶりにごあいさつ差し上げたいのだけれど」
使用手続きをしていたマクワくんの顔がすこしだけ歪んだ。相変わらずなのねこの親子は、なんて思うものの、かえって懐かしくていい。結局、マクワくんはひとつため息をついて、「フィールドにいますよ、きっとあなたに会えて母もよろこぶと思います」と丁寧に答えてくれた。
「では、どうぞ。思う存分使ってくれてかまいません」
マクワくんに促されてバトルフィールドに入る。ふっと空が高くなり、美しい歌声が聞こえてきた。
「メロンさんのラプラスだ……」
乱れのない、なめらかな波のような旋律。今まで耳にしたどのラプラスの歌声よりもはるかに美しい。しばらくそのアリアに聴き入っていると、副社長がすぐ隣にやってきて肩がふれた。
「すばらしい音色だ」
「でしょう。何度も何度もここに足を運んで、この美しさの秘訣を盗もうと必死になったこともありました」
結局、その秘訣を明かしてくれることも盗むことも叶わなかったが。
「ローラ!」
メロンさんの声が響いて、私ははっとふり向く。
「やっと帰ってきたね、不良娘!」
広い広いフィールドに凛と立つその姿に、気がつけば私はぽろぽろと子どものように涙を流していた。
