1-9

「なんとかして、逃げられないかな」
「どうだかな……。厳しいかもしれない」
 剥き出しのコンクリートの壁の向こうから、ティファとクラウドの話し声がする。
 美月たちは今、独房に閉じ込められていた。三畳ほどの部屋は、無機質なコンクリートの壁で覆われていて、鉄の扉がある以外は部屋の隅にベッドと簡易トイレが置かれているのみ。美月はそのベッドの上に膝を抱えて座りながら、じい、とコンクリートの打ち目を眺めていた。
 タークスに捕らえられたあと、美月たちは神羅社長であるプレジデント神羅のもとまで連れていかれた。恰幅のよい体をいかにも高級そうな赤いダブルスーツで誇張しながらプレジデントが口にしたのは、自らの理想とする神羅カンパニーの繁栄だった。曰く、数千年の昔に生き、今は歴史の中に埋もれてしまった種族、セトラの民――古代種が神羅を『約束の地』へと連れていってくれる、と。
 『約束の地』は、魔晄エネルギーの豊かな土地であり、魔晄炉で汲みあげる必要もなくそこかしこで魔晄が噴き出しているという。あくまで、それは神羅側の憶測であるが。魔晄にこと執着をするプレジデントは、そこにネオ・ミッドガルを建設したいのだ。
(古代種、約束の地……)
 耳にした言葉がぐるぐると頭の中を巡る。
 魔晄という星の命を汲み上げたエネルギーの概念ですらも、いまだによく理解できていないというのに、エアリスがそのセトラの民の最後の生き残りであり、約束の地へと導く力があるという。そのような神話的な話が、果たして本当なのだろうか。
(なんなの、一体……)
 無機質なコンクリートの壁に美月のか細い吐息が溶けていく。
 ネオ・ミッドガルだとか、魔晄だとか、星の命だとか、古代種だとか――美月にとっては、本来ならば、関係のない話だったのだ。
 気がついたらこの世界に落とされて、深く考える暇もなく、クラウドたちについてきた。戦う術も知らない、戦う理由も、わからない。それなのに、美月はこの世界に来てしまった。
 いつ、帰れるのだろうか。なぜ、『わたし』なのだろうか。どうして、『ここ』だったのだろうか。
 ――本当に、帰れるのだろうか。
 壁を隔てた向こうから聞こえる声が、やけに遠く感じる。部屋の中は冷たく、埃っぽい空気が呼吸のたびに肺を満たしていく。何度もむせそうになりながら、美月はぎゅっと膝を抱え込んでそれをこらえた。
「ティファ? クラウド?」
 ふと、すずらんのそよぐ音がした。
「エアリス? そこにいるのね、無事?」
「うん。だいじょうぶ。みんな、そこにいる?」
「ええ、部屋は分かれてるけど、みんな近くにいるみたい」
 そっか、よかった、というエアリスの言葉のあと、しん、と辺りが静まりかえったが、やがて、「ねえ、エアリス。聞きたいことがあるんだけど」とティファが言った。
「なあに?」
「約束の地って、本当にあるの?」
 美月はおもむろに顔をあげた。
「……わからない。わたしが知ってるのは、『セトラの民、星より生まれ、星と語り、星を開く』えっと……それから、『セトラの民、約束の地へ帰る。至上の幸福、星が与えし定めの地』」
 心臓が激しく鳴り始めていた。
 エアリスの歌うような言葉に、ティファが、どういう意味? と声を低める。
「言葉以上の意味、知らないの」エアリスは答える。
「……星と語り?」
「星が、なんか言うの?」
 クラウドとティファは釈然としない様子だったが、エアリスははっきり頷く。
「うん。でも、人が大勢いて、ざわざわしてる感じ。だから、なに言ってるかはよくわからないの」
 人が大勢、ざわざわ――どくん、ひときわ大きく鼓動が跳ねた。
「……声が聞こえるってことか?」
 クラウドが言うやいなや、体が震えだした。
「聞こえる、っていうのかな、自然と、耳の奥に流れ込んでくる感じ、かな」
 ガクガク、震える膝に顔をうずめる。ドク、ドク、強く脈が打つ。血液が頭に上り、目の奥が、こめかみが、締めつけられるように痛い。
「それは、今も?」クラウドは続けて訊ねた。
「わたし、聞こえたのはスラムの教会だけ。ミッドガルはもうダメだって、母さん……本当の母さんが言ってた」
 エアリスの話す声がどんどん遠ざかっていく。脈動に支配され、呼吸が浅くなる。背すじが凍り、震えが止まらない。なのに、額には微かに汗が滲んでいた。
 ――あなたは、だれ
 ――あなたは、なに
 声にならない声が、脳裏にフラッシュバックする。
「いや……やめて……っ」
 唇が震え、こぼれる吐息までもが揺らいでいる。膝のあたりで握りしめられた薄緑のワンピースには、深いしわが刻まれていた。
「ミツキ、そこにいるの?」
 エアリスの声がこちらに向けられるが、美月は気づかない。
「ミツキ?」
 少しばかり大きくなった音に、美月はハッとした。
「っ、はい」
「ミツキ、だいじょぶ?」
 やさしい声が耳を撫でる。
「大丈夫、です」
 震えないようになんとか力を込めながら美月は返した。
「ね、ミツキ魔晄を浴びたってクラウドから聞いたけど、ほかになにかされなかった?」
 エアリスの問いに、美月はカサついた唇を舐めた。
「……それが、あまり、覚えていなくて。宝条が、臓器がどうとか、血液がどうとか口にしていたのは、聞こえたんですけど」
 たゆたう意識の中、届いた男の声を思い返す。
 ――自分が何者か、我々になにを及ぼすのか、興味はないかね
 どういうことなのだろう。『わたし』は、『わたし』だ。それ以外はなにもないはず。なのに、男の声がこびりついたまま剥がれない。
 機械に繋がれ、なにを調べられていたのだろう。注射の跡以外に、美月は皮膚を切られた痕跡は見当たらないが、奇妙な実験が行われていたことはたしかだ。なんのために、また、なにをどのようにして調べていたのか、知る由もない。
 そっか、エアリスの沈んだ声が壁越しに伝わる。すると、今度は別の方向からまた声が聞こえてきた。
「なあお嬢さん。お嬢さんもセトラの仲間なのか?」
 この低い声は、レッドⅩⅢだ。神羅に捕らえられ、実験サンプルにされていたことから考えたのだろう。普通の人間は、あんな場所に閉じ込められたりしないのだ。美月はぎゅうと膝を抱き込んで、なにかを拒絶するようにかぶりを振る。
「まさか。わたしは……」
 そこまで言って、口を噤んだ。
 異世界からきた、ということを果たしてここで口にしていいものか。クラウドたちは知っているけれど、エアリスと、レッドⅩⅢは知らない。隠しているわけではないが、もし、神羅にそれがばれたとしたら――美月は、額を膝に押しつける。ばさり、ほつれた髪が束となって顔の四方を覆うように落ち、彼女を閉じ込めた。
「お嬢さん?」
 心配になったレッドⅩⅢが、美月を呼ぶ。
「すみません――わたし、特異体質で……きっと……興味本位で捕らえられたんだと」
 途切れさせながら咄嗟に用意した言葉を紡ぐ。レッドⅩⅢは疑問に思った様子もなく、なるほど、と口にした。
 妙な沈黙が埃っぽい冷ややかな空気に漂いかけたとき、「おい」と、美月を呼ぶ声がした。
「なんですか」美月は、返事をする。
「アンタは……」
 クラウドはなにかを言おうとしたようだったが、すぐに、いや、なんでもない、とそれを取りやめた。
「とにかく、少しでも休めておけ。どこかで倒れられたら、困るからな」
「そう、ですね」
 反論する元気もなく、美月はゆっくりとベッドに横たわった。
 石でも敷いてあるのではないかというほど硬いベッドに頬をつける。もう、変な声も聞こえない。ただ、自分の鼓動の音だけ。どく、どく、と静まり返った世界を支配する。
 美月はぼんやりとシーツのしわを眺めながら、右耳に触れていた。

「――ろ、起きろ!」
 ひと眠りして目が覚めると、目の前には碧い宝石があった。
「……クラウド?」
「まずいことになったんだ。悪いが、今すぐ来てくれ」
 横になったままの美月の腕をクラウドが掴んで引き起こす。鍵がしまっていたはずなのにどうして中に入れたのか。そんなことをぼんやりと朧げな思考で考えながら、ただならぬ様子のクラウドに従って、美月は部屋の外に出た。
「っ……なに、これ……」
 驚愕の光景が広がっていた。鉄を錆びさせたような、ひどい臭いがする。目の前の壁や床に、真っ赤な飛沫がこびりついている。一箇所だけではない、まるでそこに巨大なキャンバスがあるように、乱暴にその赤いペンキが塗りたくられていた。
「なにかに、襲われた?」
「どうしちまったんだよ」
 ティファたちが話す声がする。美月は恐々としたまま、どす黒い赤を辿った。
「ッ……」
 青い制服姿の、神羅兵が倒れていた。無残にも切り刻まれた皮膚。青かったはずの制服はところどころ、どす黒いシミを作っている。ペンキなんかではない、あの赤は、血だ。頭の中で線が繋がった途端、どっとその血臭が襲いかかってきた。血と肉の腐ったような臭いは、鼻孔を通り越して喉元を突く。腹からなにかが込み上げてきそうになり、美月は鼻と口を手で覆った。
 ――なにが、いったい
 ごくり、唾液を飲み下そうとするも、胃が締めつけられ、胃液が迫り上げてくる。体は震え、全身の血の気が引いていく。
「……人間のしわざではないな。私が先を見てくる」
 レッドⅩⅢのあとをバレット、エアリス、ティファが追いかけていくが、美月はその場から動けなかった。
 ――死んでる。ひとが、死んでる
 真っ赤な血の跡が、列車のレールのように続いている。その上に横たわる、人間だったモノ。体の下にできた血だまり、ズタズタに切り裂かれた顔、永遠に閉じられぬ、瞳。
「ひ、ぁ、ぁ……」
 背けようにも、目を背けられない。
「行くぞ」
 無情にも、クラウドの感情を孕まぬ声がかけられる。
「……ゃ」小さくかぶりを振る。
「……早くしてくれ、時間がないんだ」
 立ち尽くす美月の腕をクラウドが掴む。が、美月は勢いよくその手を払った。
「なんでッ……なんでこんな目に遭わなきゃいけないの! なんで、わたしなの!」
 体の震えが止まらない。心臓が強く弾み、耳鳴りがする。目の奥が熱い。頭が、全身がジンジンと痺れている。
「……そんなの、知ったこっちゃない」
「ひとが死んでるのに、どうして、そんなに平気そうな顔してるのよ⁉︎」
 表情の動かぬクラウドに美月は叫ぶ。その顔は歪み、双眸からは大きな雫がいくつも滴っている。怒り、憎しみ、悲しみ、動揺、不安、あらゆる感情が、彼女から激しく噴きだしている。
「こんなの、おかしい……っ、かえりたい、元の世界にかえりたい、こんなの……もういや!」
 限界だった。それまでどうにか押しとどめてきたものが、溢れ出す。身に纏った鎧が剥がれ落ちていく。ぼろぼろと、涙が頬を伝った。瞳は溺れ、目の前のクラウドの顔すら、もうはっきりとは見えない。
「嫌なら、ここに置いていく」
 クラウドが口にしたのは、酷く落ち着いた声だった。
「アンタの人生だ、逃げるか、死ぬか、勝手にしたらいい」
 呆れとも怒りとも、落胆ともつかぬような、低く、激しい波をものともしない淡々とした声。どんな顔をしているのか、美月にはわからなかった。けれど、揺らぐ視界に映る碧い光が、美月の胸を灼いた。
「どうしたらいいの! どこに行ったら、いいの?」
 クラウドはなにも言わない。美月の感情はそれでもなお、溢れていく。
「教えてよ! どこにも、かえる場所なんて、ないのに! だれも、頼るひとなんて、いないのにッ――安全なところに、連れてってくれるって、言ったじゃない!」
 しん、と重く沈んだ世界に、悲痛な叫びが響く――刹那、腕が掴まれた。
「来い」
 強い力だった。グローブをつけた大きな手が、床に貼りついた足を引き剥がす。
 美月は、歩き出した。どこに行くのか、なにが待ち受けるのか、激しい感情の波にさらわれた頭では、なにひとつ考えることができない。それでも、必死に足を動かした。涙を拭うこともせず、震える体を治めようともせず、どこまでも続く赤い道しるべを、濃くなってく血の匂いの中を。ただひたすら、クラウドの強い力を感じながら美月は進んでいった。

 血痕を辿ってエスカレーターを上がり、木箱が積み上げられた通路を進んだところで、レッドⅩⅢたちと合流することができた。六十七階、宝条の研究室。中央には半径ニメートルほどのガラスケース、その前に、魔晄炉まではいかないがかなりの大きさの格納庫のようなものがある。レッドⅩⅢたちはその格納庫の前に集まっていた。
「これは、どういうことだ?」
 クラウドがレッドⅩⅢに訊ねる。
 すでに涙は止まっていたが、頭の中は真っ白で呆然とクラウドに腕を引かれてる状態が続いていた。まるで人形のように立ち尽くしたまま、美月は彼らの会話を聞いている。ティファがこちらをじっと見つめていることには、気づかなかった。
「ジェノバ・サンプルが消えている。察するに上の階に向かったようだ。奥のサンプル用エレベーターを使ってな」
 レッドⅩⅢの言葉に美月は重たい瞼を押し上げて、辺りを眺めた。
「ッ……」
 おびただしい量の血飛沫。格納庫のみならず、床やあらゆる箇所がどす黒い赤で染まっている。現代の新進気鋭画家の巨大な絵画をそこに置いたかのような物々しさ。頭が鈍器で殴られるほどの衝撃を受けた。
 クラウドは格納庫の前まで歩いていく。掴まれた腕はそのままなので、美月もやむなく血の海へと足を踏み入れることになる。喉元を突くような匂いが一層強くなり、美月は顔を顰めた。
「……こいつも、か」
 不意に、手首を包んでいた熱が離れた。美月は咄嗟にその熱を求めようとする。しかし、クラウドが屈み込んでそれはかなわなかった。それどころか、大きな背中越しに先ほどまでは見えなかったものが飛び込んできた。
 ――床に崩れた、白衣姿の男。目に精気はなく、すでに、事切れている。
「IDもPHSも持っている、か……」
 反射的に、美月は後退った。あの神羅兵と同じように、男の体には無数の切り傷が刻まれている。白かったはずの白衣はその原型を留めていないほど、真っ赤に染まっていた。顎が震えだし、カチカチと歯がなる。目の奥がナイフで抉られるように痛い。
「目的は、なんだ? ジェノバを、いったいどうするっていうんだ……?」
 死体が纏った衣服の内側を確かめたクラウドが立ち上がる。美月の前に再び壁はできたものの、彼女の目には死んだ男の顔がこびりついたまま。
 ジェノバ・サンプルがなんなのか、想像もつかない。ただ、目の前の異様な状況にどうにか意識を保つことしかできない。それは、ここにいる誰も彼もが同じようだった。
「ジェノバって、あの、首なしの女だろ? あんなでかいのをここからどうやって……」
 ジェノバ、首なしの人間――そんなものが、ここに。神羅という組織の悍ましさに、目の前が霞む。
 バレットが青褪めた顔で格納庫を眺める横で、クラウドは破壊された格納庫をまっすぐに見据えた。そのまなざしは、鋭く、睨みつけているようにも見える。
 今このビルでなにが起こっているのか。そしてこれから、なにが起ころうとしているのか。奇妙な静けさが辺りを包み、ずっしりと胃にのしかかる。
 美月はワンピースの裾を、きゅっと握りしめた。
「とにかく、上に行くしかないな」
 格納庫を睨みつけたまま口にしたクラウドの背中を、緑色の光が照らしていた。

 神羅ビル、七十階。天に突き刺さる巨大ビルの最上階フロアだ。そこで彼らを待ち受けたのは、変わり果てたプレジデント神羅の姿だった。
 執務机に伏せた男の背中に、なめらかな曲線を描いた細身の剣が鈍い輝きを放っている。一見、日本刀のようだが、美月がこれまで目にしたものよりもはるかに刀身が長い。
「一体、だれが……」
 串刺しにされた神羅カンパニーの社長の姿を目の当たりにして、一瞬でピンと張りつめた空気の中、ティファのかすれ声がこぼれた。
「セフィロスだ」クラウドが答える。
「セフィロス……?」
「ああ。あの刀は、セフィロスしか使うことができない」
「そんな、死んだはずじゃ……」
 セフィロス――伍番魔晄炉で、プレジデントの口から語られた名だ。徐々に取り戻されたはずの思考が、またしても恐怖に飲み込まれてしまう。
 ――これが、人間の仕業だというのか。ごくり、唾を飲み下そうとするも口の中がカラカラで、かなわない。
「だれだっていいじゃねぇか。これで、神羅も終わりだ!」
 バレットが拳を握って叫ぶのが聞こえるが、美月はセフィロスの刀に釘づけだった。
 ――刀、背中に刺さって……
 どくどくと、またしても血液が滾っていく。全身を激しく巡る血潮、指先は痺れ、臀部に向けて、熱が集まる。
 プレジデントの姿はこれまで見たどの死体よりも、惨く生々しくその死を訴えかけてくる。ぎらり、刀の輝きが目を串刺しにして、胸が痛み、空気が塊になって出てこない。プレジデントの体を彩った赤い飛沫が、むせ返るほどの、匂いが――。
「パルマー!」
 部屋後方の柱から飛び出した男をバレットが捕まえるも、美月にはそれどころではない。
「セフィロスが、セフィロスが来たんだ! この目で見たんだ!」
「なんだと?」
「約束の地は渡さないって、ぶつぶつ呟いてた。嘘じゃない! はっきり聞いたんだ!」
 ――淀んだ街、鉄の空、見たこともない化け物、血だらけのウェッジ、逃げ惑う人々、床や壁にこびりついた血痕、切り刻まれた神羅兵、科学者、串刺しにされたプレジデント、全てがフラッシュバックする。
「じゃあ、なに? 約束の地は本当にあるってこと? セフィロスは、約束の地を守るためにこんなことを?」
「いい奴ってことじゃねぇか!」
「約束の地? いい奴? そんな単純な話じゃない! 俺は知ってるんだ! セフィロスの目的は違う!」
 苦しい、息ができない。
(いやっ……)
 苦しい、苦しい、苦しい――!
(だれか……っ)
「お嬢さん、大丈夫か」
 ふわり、美月の脚をやわらかな毛が撫でた。
「レッド、サーティ……」ひゅう、と喉が鳴る。
 丸いビー玉が美月を見上げていた。凛々しいその顔立ちとはうらはらに、脚に触れる温度は、赤子のように暖かい。
 美月はしゃがみこみ、レッドⅩⅢの体に頬を預けた。
「顔色がよくないようだな」
 それでも、どくどく、心臓がけたたましく鳴り続けているのが聞こえる。
「……すみません、あまり、慣れてなくて」
 ひゅう、ひゅう、と喉を鳴らしながらしゃべると、異変に気がついたエアリスが、美月のもとへと駆け寄ってきた。
「ミツキ? だいじょぶ?」
「エアリス……」首を擡げる。
「今、ケアルかけてあげる」
 美月はふるりと弱々しくかぶりを振った。
「でも……」
「だい、じょうぶ……まほう、使い過ぎたら、だめ、なんでしょう?」
 ゆらり、ゆらり、小さな炎が視界の端で揺らぐ。花の香りがこびりついた血の匂いを薄めてくれる。無意識のうちに、右耳へと手が伸びた。指先を、ひやりとした冷たさが撫で、押し寄せた波が引いていく。
「ミツキ?」ティファの声が飛んできた。
「おい、どうしたってんだ」
 美月がゆっくりと目を動かすと、ティファのみならずバレットが、こちらを心配そうに眺めていることがわかった。
 そして、あの碧い瞳も。
「すみません、だいじょうぶ、ですから」
 立ち上がらなくちゃ。美月は言い聞かせて、レッドⅩⅢからゆっくりと体を起こした。
 そのとき――プレジデントの背後から目映い光が目を灼いた。
「なに、これ」エアリスが目を腕で覆う。
「ヘリ、か?」
 レッドⅩⅢもあまりの眩しさに目を細めた。
 ゴオオオ、と激しいプロペラの音が近づいて、咄嗟にぎゅっと瞑った目を薄っすらと開く。
 そこには、神羅と書かれたヘリの機体が映った。
「……ルーファウス! しまった! まだアイツがいた!」
 バレットが声を上げる。
「うひょ!」
 一同が怯んだ隙をついて、バレットの腕からパルマーが逃げ出していった。だが、誰も彼を捕らえようとはしなかった。
「誰なの?」ティファが光に眉を顰めながら訊ねる。
「副社長ルーファウス、プレジデントの息子だ!」
 ヘリの窓に、人影がちらつく。ちょうど眩しいライトがカーテンとなり、その人となりを確かめることはかなわない。
 新たな人物の登場に、美月の動悸や口の中の渇きは、一向に治りそうになかった。
「……行くぞ!」
 クラウドの声に、エアリスが美月の手を取って階段へと走り出した。