「なあたたら」
「なに、ガジュくん」
いつものように一年五組のベランダで弁当を食べながら、他愛もない話をしていると、急に賀寿が思い立ったように箸を持つ手を止めた。
「ずっと聞きてぇことがあったんだがね」
「うん、どうしたの」
「兵藤と結梨はどんな関係なん」
「ブッ」
お茶を飲もうと水筒に口を付けたところで、多々良は盛大に吹き出した。
「汚ねぇべ! ちっとんべぇかかったわ!」
「がっ、ガジュくんが突然変なことを聞くから!」
「は、別に変なことでもねぇべ!?」
飛んできた水滴を払うように賀寿は頭を振る。「ったく」と言いながら、ブレザーの袖口で頬のあたりを擦っていると、多々良は口元を拭いながら、落ち着かないように視線を泳がせていた。
「で、どうなん?」
「し、知らないよ」
「はぁ? 幼馴染だっべ? そんくれぇも知らねぇんかい」
凄むように眉を顰めて迫ると、多々良に両手で押し返される。あーだとかうーだとか言いづらそうにしているので、賀寿は大きく溜め息をついて、再び弁当を食べ始めた。
「別に俺言いふらさんきゃ、正直に言い」
ぐっと、拳が握られたのが視界の端に映った。
「付き合っては無いと思うんだけど」
「けど?」
「……いや、実はよくわかんないんだよね、僕も」
「なんべぇ、わからんのかい」
賀寿が眉をあげると、多々良は乾いた笑いを浮かべる。
「でもどうしたの、急に」
「おん、グランプリ戦で兵藤に久しぶりに会ったって言ったべ?」
多々良は今度こそお茶を飲みながら、相槌を打つ。
「そん時、結梨のことなると、アイツいつもより反応してまんずおかしかったん」
「え……?」
賀寿は思い返すように顎に手を当てた。
.
.
「そういや、結梨がな」
――ダンススポーツグランプリin大阪の大きな垂れ幕をぼんやりと眺めながら、多々良への伝言を請け負った後、賀寿が思い出したようにその名を口にした。
間髪入れずに、清春が「如月?」と彼女の名を呟きながら食い付く。それには微かに目を丸くするものの、賀寿は頷いた。
「兵藤のこと気にしてたで」
「なんでガジュが如月を知ってるんだ?」
「なんでって同じ学校だがね」
「は?」
要領を得ない清春に、「たたらと結梨と俺」と賀寿は頬を掻きながら続ける。
「知らなかったん?」
てっきり知っていると思っていた賀寿はきょとんとした顔をした。
「そうなんだ!」と嬉しそうな声を上げる雫の隣で、驚く程に整った顔が微かに歪められる。何か言いたそうに賀寿を見ているが、その口は噤まれたままだ。
「なんだで?」
「なんで」
「なんでって何がだべ」
今度は賀寿が眉を顰める番だ。
清春の顔も歪められたまま、綺麗な瞳が鋭さを帯びている。考えていることを見透かそうとするようなその瞳には、思わず居心地の悪さを感じてしまう。
兵藤清春とはそういう男。彼らが知り合った頃から、感情の起伏が目立たない上、言葉足らず。それらを読み取るのにいささか苦労を要してきたものだった。
二人のやりとりを苦笑しながら眺めていた雫は、一人会話に入れていない真子に結梨というのが誰かを説明している。
「なんで同じ学校なんだ」
遅れて出てきた言葉に賀寿は「あーね」と頭の後ろで手を組んだ。
「そら偶然だんべ。たたらも先週知ったって怒ってたわ」
「でも、結梨ちゃん、わざわざ都立受験したんだよね」
彼女の経歴を思い返すように、雫が言った。
「しずくは知ってたのか?」
「うん、知ってたよ」
色々メールでやり取りしていたから、と笑顔で頷く雫。結梨と彼女は昨年のクリスマス以来、しばしば連絡を取り合う友人だ。それは清春も承知の上だったが、結梨が受験する学校――今通っている高校については、一言も聞いていなかったようだ。
清春は切望していたおもちゃを買って貰えなかった子どものようにムスッとして黙り込んでしまった。
「なんだで兵藤、オメーもしかして……」
それをまじまじと見たあと、賀寿はポンと手を打った。そして、ギョロリと視線を寄越した清春に口元を歪める。
「自分だけ教えて貰えんくて、そんないじけてるん?」
その言葉に続けて「だーはっはっ、おっもしれぇべ!」と聞こえてくる大きな笑い声。
あの兵藤清春が、自分が仲間外れになっていることに嫉妬しているなんて。良いネタだと言わんばかりに吹き出したのだ。
清春は多々良に伝言まで寄越した先程までの機嫌の良さはどこへやら、更にむっつりとしてしまった。
「別に、そんなんじゃない」
プイ、と顔を背けた。
それには雫はおろか、真子までもがくすくすと笑い出す始末だ。
「なんべぇ、素直になればいいべや」
そう言いつつも、未だに腹を抱えている。一層うざったそうに、清春は首を捻った。
「まあまあ」一向に話が進まない二人に雫が助け舟を出した。
「結梨ちゃん、美術の良い先生がいるから受けたんだよね?」
それは賀寿も聞いた通りだ。
絵を描くのが好きだと言った結梨を思い浮かべる。実際にその教員が顧問である美術部に入ったようだから、そこに偽りはない。
だが、それと同時に彼女の幼馴染の姿も思い浮かぶ。
「そうなん。けど、それだけじゃなかんべ?」
「え、そうなの?」
「ん。たたらが居るから受けらいな」
今度は雫と真子が目を丸くした。
「へえ、それ知らなかった! 本当、仲良いよねあの二人」
「結梨さん、会ってみたいです」
「まこちゃんも絶対仲良くなれるよ」
「たたらさんの幼馴染さんなら、とっても良い人そうですね」
「まんずアイツら似た者同士だん――」
――ん?
会話が弾む女子を他所に、ある姿が目に入った。衣装などを入れているキャリーケースの持ち手を指先でトントンと忙しなく叩いている男の姿だ。賀寿はパチパチ、と思わず瞬きをした。
そこで、ある考えに至る。――もしかして彼は、と。
「てか、俺、結梨の初めて仲良くなった男の先輩らしいんきゃ」
咄嗟に言葉をすり替えて、上唇を薄くする。「まー可愛いやつだべなぁ」と言いながら、あの澄ました顔を態とらしく盗み見た。
すると、持ち手を打つ指先がゆっくりと大きく揺れて、動きを止めた清春に、賀寿は確信した。
ちょっとカマをかけてみるつもりが、ここまで上手くいくとは思わず、口のあたりがどこかむず痒くなるのを必死で堪えながら、彼の肩を揶揄するように抱き寄せる。
「なぁ、兵藤、苛々してん?」
「別に、苛々してない」
と言いつつも、眉を顰めて賀寿の腕をするりと解く。それに、微かに細められた瞳は物言いたげだ。
苛々してない奴の顔じゃないべ、と賀寿は内心呟きながら、その顔を色んな奴に見せてやりてえと思うのだった。
「何ぃ、言いたいことあるなら言い。男の嫉妬はみっともねぇべや」
勝ち誇ったようにニヤニヤとして、清春を見下ろす。
清春は眉を顰めたまま「うるさい」と息を吐き出すと、ずれてもいないのにニット帽を手で触ったのだった。
「……なんか言ってたか、アイツ」
それから、意を正すように声を低くして尋ねられ、賀寿は一瞬ぽかんとしたものの「ったく、つまんねぇ」とぼそっと吐き捨てると、態とらしく肩を竦めた。ここでようやく話が本題に戻ったのである。
そして、屋上での結梨との会話を思い返すと、それを話し出した。
「俺も聞き出そうとしたんだがね、したら良いって」
「そうか」
あっさりとした返答だが、どこか落胆したような声色で、そしてそのままフイ、と視線を外してしまった。落胆、と言えるのかすら、他の人から見ればわからないほどの微かな変化だったが、なんだかんだ長年この男を見てきた賀寿には手を取るように伝わってきた。
――なんだで、こいつ。
彼と彼女の間にどのような糸が繋がっているかはいまいち分からないが、それを手繰り寄せてみたくなって、賀寿はパーカーのポケットに手を突っ込んで、持て余すようにもぞもぞと動かした。
「――言いたいことがあるけど、直接会った時伝えるや、だと」
そして、結梨の言葉をそのままに告げれば、清春は再び賀寿をゆっくりと見た。
「それ、如月が?」
「んだぁ、こんなウソつくわけねぇっけ」
何かを期待するように瞳がゆらゆらと揺れている。
「そうか」
同じ相槌だったが、それは数倍も柔らかい響きだった。
賀寿は、眉を上げた。
普段はあらゆる事に無関心を貫くこの男が、多々良のみならず結梨にまで興味を示すのが、不思議でならなかった。それに加えて、目を見張るほどに良い反応をするから、面白い。
あの涼しそうな面持ちも、年相応にあどけなさを垣間見せている。
「プッ、おめぇも可愛いとこあんべなぁ」
「ガジュ、ウザい」
「アッハッハ! 照れるのやめりぃ!」
「照れてない」
顔、にやけてん、までは言わなかったが、賀寿は愉しげに清春に絡む。ついつい節介を焼きたくなってしまうのは、なんとなく応援してやりたくなったからかもしれない。
まさか、結梨のことで自分や多々良に嫉妬をしているとは。彼自身はその感情にきちんと気が付いているのだろうか。
心配になりつつも、機嫌が治った彼を揶揄わずにはいられなかったのだった。
