「結梨、女の子って何考えてるの」
結梨はどんよりとした様子の幼馴染に思わず目を瞬かせた。
まさか、昼休み、開口一番、彼からこんな質問がされるとも思わなかった。その上、様子が明らかにおかしい。
要の試合について聞こうとしたが、彼女は思わず口を噤んで、「お昼買いに購買行くから、一緒に行かない?」と提案した。
今朝こそ、前の席の女の子とあんなに仲良さそうに話していたというのに――あくまで結梨の主観だが――もう既に修羅場でも経験してしまったのだろうか。決して恋愛経験が豊富なわけではないが、そういった方面では想像力豊かな結梨の脳内は、一気にフル回転させられている。
もしやもしや、という言葉が彼方此方に飛び交って、多々良が訝しげに「結梨、聞いてる?」ともう一度声をかけるまで、見事に自分の妄想の中にどっぷりと浸かってしまっていた。
「あ、ごめん。ええと、たーくんは女の子の考えてることを知りたいの?」
「知りたいっていうか、本当に訳わかんなくて困ってる」
「ほう、ついにたーくんにもそんな時期が来たんだね」
にやりと笑って顎をひと撫ですると、「変な意味じゃないから!」とすぐに否定されてしまった。
多々良は結梨を置いて歩き出す。結梨は「あー、待ってよー」とその後を追いかけた。
「やっと女の子と話せるようになったと思ったのに」
「わたしとは普通に話せてるよね?」
「結梨は結梨なんだよ」
「なにそれ?」
肩を落とす多々良に、結梨はどうしたものかと思案した。
確かに、彼女の中でも、多々良は多々良というカテゴリーが出来上がってしまっている為、彼の言うことは分からないでもない。出来ることなら、彼女も、男の人の考えていることを理解できればなあ、と思うものだ。だがそれは、全ての人に当てはまるわけではない。結梨の頭の中ではその対象になるのは、今は一人だけ。
知りたい時にはどうすればいいのだろうか。そもそも、知りたいと思う時がどんな時なのか。こんな風に難しく考えるのは初めてだ。
二人を他所に、騒がしい声が彼方此方で聞こえている。
階段を降りて一階に行くと、自販機と購買は大混雑だった。出遅れた、と結梨が肩を落とすと、多々良があの中に入って買ってきてくれると言うので、素直に甘えることにした。
「たーくんはその子のことが気になるんだよね」
多々良が買ってきてくれたあんぱんを手にしながら、結梨は首を傾げた。
「だから、変な意味じゃないって」と言う多々良に、結梨は「変な意味じゃなくても!」と食い気味に返す。
「そう、なるのかな」
「うん。それだけ考えるってことはそうだと思うなあ」
「いや、まずそれ以前の問題かも」
「それ以前って?」
結梨は聞く。多々良は苦虫を噛んだような顔になった。
「もう、本当に思い出すだけで胸がムカムカする」
「そんなに!?」
珍しく気色を立てている理由を聞けば、前の席の女子に、ダンスのことを色々言われたらしい。勇気を出して自己紹介で好きなことを打ち明けたのがこんな仇になるとは、彼も思いもよらなかっただろう。
さらには先日の試合会場で見かけて、自分から話かけてきたと言うのに、逆に酷い態度をとられたようだ。
「たーくん、大変だったんだね」
結梨は思わず苦笑いを浮かべた。
「そう言ってくれるのは結梨くらいだよ……」
縋るような顔をした多々良に、もっとあらぬ方向を想像していたとは、結梨は胸の内にそっと仕舞うのだった。
「たーくんは気になることとか嫌なことががあっても中々打ち明けないタイプだからなあ」
「そう、かな?」
「うん。自己完結しちゃうって言うのかな?」
「わたしに対しては違うけど」と付け足すと結梨は励ますように多々良の背中ポンポンと手で叩いた。
多々良はとても優しくて、人の気持ちに敏感だ。
その女の子に対しても、散々言われておきながらも多々良は何も言い返さない――あまりに藪から棒に起こった出来事なので、言い返せない、の方が正しいかもしれないが――のだから、ある意味偉いと結梨は考える。
だが、そういうところが長所でもあり、短所でもある。相手の考えや気持ちを第一に尊重することが出来るが、言い換えれば、流されやすい。それ故に、幾度と無く彼は中学校で苦い思いをしてきている。臆病、自信がなさそう、不良たちの良いカモだとか、色々と言われてきたようだった。
結梨は多々良が本当はそうではないのを知っているので、もどかしいばかりであるが。
――いつも自分のことは二の次で、相手のことばかり考えて……もっと彼は自分を出していいのに、と複雑そうな顔をしている多々良を眺めながら思う。
「わたしはたーくんがこうやって悩んでるの打ち明けてくれたり、時々言い合いするのも、なんだかんだ嬉しいよ?」
多々良はへ、と目を丸くして結梨を見た。
「だって、信頼してくれてるって感じするから」
「信頼?」
「うん。たーくんが、わたしなら平気だって思ってくれるんだなって」
「そりゃ、結梨だから」
「そう、それ。それが嬉しいの」
それは幼馴染だから自然と出来ることなのかもしれないが、出会って間も無くとも、言葉をきちんと補えば、次第に出来ることなのではないかと結梨は思う。上手くそれを多々良に説明出来ないが。
「たーくんは優しいから、色々我慢しちゃうんだよね」
「我慢っていうか、言えないだけなんだよ……」
「その気持ちはわかるよ。言うのも、勇気が要るもんね」
頷きながら大きな溜め息を吐く多々良をどうしたものか。結局、結梨は良いアドバイスをあげることはできなかった。
「ごめん、結局何にも解決にはなってないね」と、眉を下げると、多々良は首を勢いよく振った。
「ううん、結梨は謝んないで」
「そう? まあ、その女の子がどんな子だかなんとも言えないけど、話は聞くからね! ガジュさんだっているし、悩み過ぎないで!」
言えることは、もはやこれくらいしか無い。苦笑いを浮かべながら、背中をもう一度ポン、と叩く。
多々良は瞳を揺らしながら視線をあげた。
「あー、女の子がみんな結梨みたいだったら、苦労しないのに!」
半ば自棄になったようだった。
「えぇ、それって喜んでいいの」
「いいよ! 結梨は別に人のこと突然悪く言ったりしないし、素直だし、女の子らしいしさ」
「……ありがとう?」
指折りしながら、あれこれと結梨の良いところをあげてくれるが、褒められているのか、そうでないのか微妙なところだ。
「なんかもう、ホント新学期早々打ち拉がれてるよぉぉお」と嘆き出す多々良を結梨は心配そうに見守った。
多々良が賀寿に呼び出されて行ってしまったので、結梨は今度は自販機に並んでいた。友人から「お昼買えた?」と連絡が来ていたので、「今ジュース買うのに並んでる」と末尾に泣いている顔文字をつけて送っておいた。
買える場所が少ないと、すぐ行列が出来てしまって大変だな、とぼんやり前の人の後ろ頭を眺めながら考えた。
周りには先輩かも同級生かも分からない、見かけたことのない人たちがたくさん居る。女子も男子も、だ。校舎内に男子がいることには少しずつ慣れて来たが、こうした場に一人で居ると、途端に心細さを感じてしまう。
小銭入れとあんぱんを大事そうに抱えながら、結梨は知り合いが居ないかときょろきょろと視線を動かした。
「あっ」
階段から降りてきた男子生徒と目が合った。
室井だ。制服の胸元を着崩して、眠たげに欠伸を噛み殺していた彼に、結梨は表情を緩めて、胸元で手を小さく振った。
「今日、二回目だね」
「同じ学校だから、そりゃ会うだろ」
「それもそうか」
ぶっきら棒に返されるも、結梨はへらりと笑う。
「あ、室井くんも、ジュース?」
「おう」
「何にする?」
次で結梨の番だ。後ろには何人か並んでいるが、もう一つ買うくらいは許されるだろう。中学の時は友人達と交代でこうして買い合っていた為、結梨はさも当たり前のように室井に聞く。
室井は「は?」眉を顰めた。
「え、一緒に買わない?」
結梨はその反応にきょとんとして、首を傾げた。
だが、答えを聞かぬまま、目の前の人影が消えて、結梨の番になってしまった。後ろを待たせてはいけないと小銭を入れると、結梨は迷わずいちごオレを押す。そしてそのまま、もう一度小銭を入れた。
「はい、好きなの押して!」
「早くしないと怒られちゃうよ!」と結梨はにこにこと笑いながら室井を急かす。室井は戸惑うような仕草をしたが、「フルーツオレでいい?」と結梨が好きなものを選ぼうとしたので、彼は渋々グレープジュースのボタンを押した。
ガタンと音がして、結梨は身体を屈めると、取り出し口から二つのパックジュースを手に取る。そして、「すみません、お待たせしました」と律儀にも後ろの生徒に挨拶をして、自販機の前から退いた。
「はい、室井くんの!」
左手に大事そうにあんぱんといちごオレを抱えて、結梨は彼のジュースを差し出した。
「……さんきゅ」
「ちょっとは時短になるでしょ?」
「おう」
嬉しそうに笑う彼女からジュースを受け取ると、室井は微かに頬を染めながら、ポケットから小銭を取り出す。
「あっいいよ! この間写真見せて貰ったし」
ひらひらと掌を見せる結梨に、室井は小さく舌打ちをしようとして、咳払いをした。それから、面映さを隠して眉を思い切り寄せると、真面目な顔つきをする。
「そういうの、いいから。俺のは俺で払うっつーの」
「ほら」と小銭を掴んだ手を結梨に突き出す。
この場に多々良が居たならば、この言葉にぎょっとしてしまうに違いない。だが、結梨は彼らの関係を知らない為、きょとんと目を丸くしたあとに、ただただその室井の顔を見て目を細めた。
「なんだよ」室井は眉間に皺を寄せる。
「室井くんはしっかりしてるんだね」
「あーっもう! 勝手に言っとけ!」
今度こそ舌打ちをして、室井はそっぽを向いてしまった。その顔は、結梨には見えなかったが、珍しく真っ赤だった。
ふふふ、と声を出して笑いながら彼から小銭を受け取る。
「また今度、写真見せてね」
「……気が向いたらな」
