「たーくん、初詣一緒に行かない?」
という結梨の言葉が発端だった。
年も明けてからりとした爽やかな寒さの三ヶ日。
家で勉強とテレビ、そして美鈴特製のお節料理も満喫して、時間を持て余しかけていた多々良は、結梨からの電話に二つ返事で頷いた。
吐く息も、もうすっかり白いから、二人は厚手のコートとマフラー、そして手袋で身を包んで、近所の神社へと向かった。
「どうしたの急に」
「んー、なんだか家にいるのも遠出するのも飽きちゃって、たーくんと出掛けようって思って」
お正月ということもあってか、人通りも車通りも少なく、静かな住宅街を彼らは歩いていく。
年始独特の静けさは、どこか胸をそわそわさせるものだ。一年の始まりだからか、それとも、一年が終わってしまったからかは、わからない。多々良はどこか浮き足立って、結梨の隣を歩いていた。
彼女の中で、出掛ける際に声を掛けるのが自分であるということは、多々良にとって幸せなことだった。小学生の頃を思い出して、ほんわかとした気持ちになる。あの頃は初詣にはどちらかの親が付いていたから、実際二人で初詣に出掛けるのは初めてなのだが。
――よく遊んだなあ、と多々良はしみじみする。
そして、久しぶりに年始を共に過ごすのが、どこかこそばゆかった。いつもの風景を取り戻したような、そんな気持ちだった。
「僕も、正直気分転換したいと思っていたから、嬉しかったよ」
「そう? それならよかった! おみくじ引かないと、どうも新年っぽくなくてさぁ」
「あ、わかる。凶だとショック受けるんだけどね」
「なかなか、大吉なんて出ないしね!」
多々良は肩を落とすように、「本当それ。大吉なんて見たことないよ」と沈んだ声で返す。
結梨はけらけら笑うと、次の話題へと移った。
「あと、甘酒も飲みたくて。出店あるかなぁ?」
「あ、そういえば、ばあちゃん作ってたよ。帰り寄ってく?」
「え、やった! 行く! 出店のは我慢しようっと」
ふふふ、と声をあげて嬉しそうに頬を緩める結梨に、多々良も目を細めて笑う。
どんどん大人っぽくなっていく幼馴染の横顔。――結梨って、こんなに可愛かったっけ、とふと考えて、多々良は首を降る。やはり、幼馴染をそんな風に見るのは彼には耐えられない。
確かに、多々良は彼女のことが大好きだが、それは家族や親友としての感情だとわかりきっていた。そして、結梨もそうなのだろうと思っている。だが、彼女の成長にどこかむず痒さを覚えたのも確かだ。
先日、改札で結梨が出てきた時にははっきりとわからなかったけれど、可憐な表情の中にどこか凛とした美しさがあって、女の子方が大人っぽくなってくのが早いとはよく聞くが、まさにそれだと思った。
もしかしたら、ダンス仲間のあの彼が原因かとも考えて、少しだけ、どきりとした。それでも、隣で「あーまざけ、あっまざけ!」と変な歌を口ずさんでいる彼女は、小学生の頃の結梨の姿のままで、多々良はどこかほっとした。
寒さに悴む体を炬燵で温めながら、のんびりばあちゃん特製の甘酒を飲んでテレビを見よう、と思いを馳せた。
日常の瑣末なことを話しながら神社に着くと、参拝客がちらほらと見えた。多々良と結梨は混んでなくて良かった、と口々に言いながら境内へと入っていく。
本堂までくると、お賽銭箱にお金がガラン、と落ちる音と、鐘の音が鳴り響いて、初詣の気分を高まらせた。
賽銭箱前の階段を上がる前に、結梨は小銭を取り出しながら多々良に尋ねる。
「二礼二拍手一礼、だっけ?」
「うん。そうだよ。ばあちゃんによく連れられて来たから、覚えてるんだよね」
「さすがたーくん! わたし、いつも覚えらんなくてさぁ」
そうして、二人は階段をゆっくりと一段一段踏みしめて行く。手にした小銭を投げ入れる。カラン、と音がして賽銭箱に無事入ったようだ。二度お辞儀をして、パン、パン、と手を合わせる。
多々良は目を瞑り、あることを祈った。
暫くして、目を開けると、結梨がちょうど同じくして祈りを終えたところだった。
結梨は、最後の一礼を終えて、「あのね」と静かに切り出す。
「今日、誘ったのはね。初詣、たーくんと一緒なんて、しばらくしてないなって思って。次なんて、あるかわかんないから、行っておきたいなって考えたの」
賽銭箱を見つめながら紡いだ彼女の横顔が、ずっと遠くを見つめているようで、少し寂しげに見えた。
この春、自分達は中学を卒業して、高校生になる。同じ道を歩んでいくことはきっと無い。多々良はダンスを、結梨は絵を描く。生活リズムももっと変化を遂げてしまうだろう。もしかしたら、また、疎遠になってしまう可能性だって大いにあるのだ。
急に多々良は胸が締め付けられるような思いがした。
「結梨……」
「こうやって、また一緒に遊んだり出来るの、すごく嬉しいんだ」
横顔が、どこか安堵したようにも見えて、多々良は大きく息を吸って、頷いた。
「僕だって、そうだよ。違う中学校に行くって分かった時、ショックでめちゃくちゃ泣いたから」
「わたしも。自分で決めたのに、学校始まって暫く、ずっと悲しかった」
「同じだね」と結梨と多々良は目を合わせて、くしゃりと顔を崩す。
神社に来るまでのそわそわした気持ち、それは、一年が新たに始まる不安でもあるのかもしれない。
多々良はそっとコートの胸元を掴んで、擦った。
「だから、今のうちにちゃんと行っておかないとって!」
「誘ってくれてありがとう」
先程までの物憂げな眼差しを仕舞って、結梨は「どういたしまして」と目元を大胆に細めて笑う。
「来年はたーくんに彼女が居るかもしれないしね」
「えっ、か、彼女!? なんで!? 僕に!?」
「うん。ダンスがすっごく上手くなって、モテモテになるかもしれないから!」
「そっ、そういう結梨こそ、兵藤くんと!」
「ひょ、兵藤さんは、ただの憧れだもん、まだ!」
二人して同じように、本堂の前であたふたと焦り出す。
しんみりとした雰囲気が漂ったと思えば、ガラリと忙しない空気に変わり、そんな様子を側で見ていた住職は、微笑ましげに箒を掃く手を止めていた。
「ねえ、結梨は何をお願いしたの?」
次の参拝客が見えたので、そろりと移動しながら、多々良は聞いた。だが、結梨は人差し指を唇に当てた。
「内緒! 教えたら叶わなくなっちゃうもの!」
「え!? 教えてくれたっていいじゃんか!」
「内緒ったら内緒なの! あっ、おみくじ引こう!」
と言って、結梨は多々良の手を引っ張っていく。
「大吉出るかな」
「僕は、吉くらいでいいから、凶が出ないで欲しい」
「たーくんもっと貪欲になりなよ……」
「はは」
よし、と二人は百円玉を握って、カラン、と箱の中に落とす。あとは、おみくじを取り出すだけ。
緊張した面持ちで手を合わせて良い結果を祈っている結梨を見つめながら、多々良は心の中で先ほどの願いごとを繰り返していた。
――幼馴染の彼女のこの先が、どうか上手くいくように。そこには勿論、勉学も、絵も、そして恋も含まれていた。
まさか、二人とも同じような願い事を互いにしていたとは、露知らず。
結梨は意を決して手を箱の中に突っ込んで、一枚を選び抜いた。多々良もそれに続く。
「たーくん、せーのだよ!」
幼馴染の必死さに少々苦笑いを浮かべながら、多々良は頷いて、「せーの」と声を合わせた。
そして、包み紙を開く。
「うわあ、結梨!」
「たーくんも!?」
二人は目を合わせると、嬉しそうに手と手を合わせて喜んだ。
彼らの手にする紙には、大きく“大吉”の文字が書かれていた。
