「クラウドとミツキ、しんぱい?」
ジュノンへ向けて、一足先に出発した幼馴染の背を見つめていたティファに、エアリスが声をかけてきた。
「心配? まさか。クラウドがいるんだもん、大丈夫だよ」
ティファはそれまでの真顔を隠すように、からりと笑ってグローブをはめる。
後ろ手に手を組んで、ふうん、とエアリスはしたり顔をした。
「幼馴染の私もちょっとは心配してよ! って思わない?」
「もう、クラウドと私はそんなんじゃないから」
「そうかな?」
にっこり笑っているエアリスに、ティファは大きくため息をつく。
「そりゃ、ちょっとは思うけど」
「ほら、やっぱり」
「でも、心配なのはそこじゃないんだよね」
おいそろそろ行くぞ、と焚き火のあとを片していたバレットが彼女たちに声をかける。「今いく!」と返事を返すと、エアリスはティファに向き直った。
「なにが、心配?」
「うまく、言えないんだけど、なんかクラウドが躍起になってる気がして」
「躍起?」
「ミツキのこと。少し前まで、ミツキに警戒心あらわにしてたのに、今はもう、いなくちゃダメ、俺がそばにいなくちゃ、って。それが、悪いことではないと思うんだけど」
幼馴染へ対する、たしかな違和感。カームではっきりと浮き彫りになったものとはわずかに違う、不安にも似た、それに、ティファは戸惑っていた。
「ちょっと、異常かもって思っちゃって」
神羅ビルでルーファウスと戦闘になるにもかかわらず、クラウドが美月を残したときから、なんとなく考えてはいた。愛情では言い表せない、複雑な契りのようなものが、二人の間に、いや、クラウドの中に生まれていたことを。
「ミツキのこと、守らなきゃっていうのはわかるの。私も、そう思うし。でも、クラウドは……」
「わかる」
ティファは自然と落ちていた視線をハッと上げた。
「わかる、気がする。クラウド、あのままじゃ、ミツキのことどこかに閉じ込めて、だれにも見つからないようにしちゃうんじゃないかなって」
目があって、エアリスがニッといたずらに笑みを浮かべた。
「ミツキも、それを受け入れちゃいそうだから、心配。好きとか、愛してるとか、守りたいとか、そんなんじゃない。もっと、複雑な、なにか、だよね?」
ティファはこっくり頷く。
「そう。だから、レッドが苦労しそうだな、って思って」
やれやれと肩をすくめると、エアリスは亜麻色の髪をほがらかに揺らした。
「ほんと、レッドタイヘン!」
「おい、もういいかお嬢さんたちよ!」
バレットが痺れを切らした声がする。
再び目を合わせると、二人は揃ってふはっと吹き出した。
「バレットが挟まったら、どうなっちゃうんだろ」
「いい加減にしろ! ってクラウドに怒ったりして?」
「ありえる。あとは、もう勘弁してくれ! ってわたしたちに泣きついてくるとか?」
ちらり、バレットを見遣ると、苛立たしげに貧乏ゆすりをするのが見える。
「とりあえず、行かなくちゃ、だね?」
首を傾げるエアリスに、ティファは、だね、と肩をすくめてバレットのもとへと走り出す。
「お待たせ、バレット」
「おう、さっさと行くぜ」
「クラウドたちよりジュノンに先につくよう、がんばりましょ!」
ケッとバレットは背を向けて歩き出すが、すぐに、「当たり前だ!」という声が飛んできて、ティファとエアリスは顔を見合わせて笑った。
ジュノンへ向けて歩き出す。大きく伸びをしたあと、すとん、と腕を下ろして、ティファはぽつりと口にした。
「あとはね、ちょっとさみしい。ミツキにもっと頼って欲しいと思うの。私だけ、かな?」
エアリスは微笑んで、わかる、と頷いた。
*
「だああッ、いきなりファイラくらわせるなんて、反則だろー!」
「そっちが奇襲をしかけてこようとしたんだろ」
ぷんすか、まさにその効果音が合いそうなほど地団駄を踏む少女と、冷ややかな顔で腕組みをするクラウドの間で美月とレッドは顔を見合わせていた。
「で、目的はなんだ」
「だーかーらッ、ちょっと手合わせお願いしようかなって思ってただけだって、そんなまさかちょっくらマテリア見せてもらおうなんて」
「それが目的だな」
ジャキン、と物騒な音を立てたバスターソードに、美月は慌ててクラウドを止める。
「クラウド! 落ち着いてって」
「そうだそうだ! 落ち着けこのチョコボ頭!」
「……」
「だから、無言でそれ向けるなし!」
一体どうしたものか。
先ほど、森の奥へ進もうとしたところ、クラウドが放った攻撃魔法をくらって美月たちの前に姿を現したのがこのショートカットの大きな手裏剣を持った少女だった。敵襲かと思い身構えたが、敵意があるのかないのかわからない彼女のこの態度に気がそがれてしまった。
相手にするのも疲れたのか、「さっさと行くぞ」と、クラウドはバスターソードを背に抱えて、歩き出そうとする。
「ははーん? 手合わせして、このユフィちゃんに負けるのが怖いんだ? ふうん? いいよーだ、べっつに、アタシの不戦勝でも?」
ピキン、とクラウドのこめかみに青筋が立つのが見えた。
「どうする、レッド」
「……オイラ、知らない」
ぷい、と唐突にあどけなくなったレッドを不思議に思いながら、美月はクラウドの腕を引っ張った。
「ねえクラウド」
「……なんだ」
「あの子の話、聞いてあげたら?」
クラウドはあからさまにため息をつく。
「……ガキは面倒だ」
「キーッ、聞こえてるからな、こんの、チョコボ!」
もはやどっちもどっちだな、と内心呆れる美月であった。
とはいえ、このままでは埓があかないので、ヘン、とそっぽを向いたユフィに声をかける。
「その、ユフィ?」
「おい、ミツキ」
クラウドが訝る視線を向けてくるが、「大丈夫、だから」
と言って、美月はユフィに近寄って、顔を覗き込んでみる。
「ユフィ、っていうのよね、あなた」
「そうだけど? このアタシになんか用?」
ツン、と顎を上げた彼女に、美月はいかにも困ってそうな顔を見せる。
「うん。つよーいあなたなら、もしかして、ここらへんで黒マントの男を見なかったかな、と思って」
ぴくん、とユフィの眉が跳ねるのがわかった。
「ははーん、黒マントの男ね?」
「そう、なんか怪しそうな、黒マントの、髪は何色だっけ、クラウド」
「銀だ」渋々クラウドが答えた。
「ですって」美月はユフィに向き直る。
どうかしら? と首を傾げると、ユフィはニヤニヤとしたり顔をした。
「ふうん、銀ね、銀」
「そう。心当たり、ある?」
大きな黒目が目が泳いだ。
「知ってるっちゃ、知ってるかなあー?」
これは知らないのだろう。クラウドがボソッと、「とんだ三ギル芝居だな」と呟くが、美月はその引き締まった脇腹をつねった。
「ッ、アンタなぁ」
「ねえ、ユフィ、それ本当?」
美月はクラウドを無視してユフィに迫る。
「ホント、ホント! このユフィちゃんに知らないものはないからね! どうしてもって言うなら、二百ギルでソイツ探すの手伝ってあげなくもないけど?」
「行くぞ」
さきほどの腹いせとばかりにクラウドが美月の腕を掴んで、歩き出す。
「ちょ、ちょちょ、待った! おい! 待てってばー!」
なんだかんだと騒がしい忍者娘のユフィがついてくることになり、一気に道中は賑やかになった。
「いやー、ホンットクラウドたち運いいね、このユフィちゃんと出会えるなんて!」
「出会うもなにもそっちが勝手に出てきたんだろ」
延々と続く漫才のような応酬に苦笑いを浮かべながら、美月は内心ホッとしていた。
戦力であるユフィが加われば、少しでもクラウドたちの負担を減らすことができる。なんだかユフィを騙して連れてきた気がしていい心地はしないが、背に腹は変えられない。なにより、無口な人間の多いこのパーティではユフィみたいな存在がいると、気がほぐれる。
「ユフィは、どこからきたの?」
頭の後ろで手を組んで歩くユフィに、美月は話しかける。
「アタシ? アタシはね、ここからもっと西にある大陸のウータイってとこから」
「大陸を渡ってきたの?」
「まあね」
すごい、と驚いてみせると、ユフィはあからさまに得意げになって、顎を上げた。
「そういうミツキは?」
彼女は地面に転がった枝を蹴飛ばす。
「わたしは……遠いところ、かな」
「遠いところォ?」
眉をひそめたユフィに美月は、そう、と眉を下げた。
「すごく、遠いところ。この星じゃない、どこか」
「ふうん、って、ハ!?」
寂しげに笑っていた美月だったが、ユフィのあからさまな反応に、ふっと吹き出した。
「な、なに言ってんの!? ねえ、クラウド、ミツキがわけわかんないこと言ってんだけど!」
「本当だ」
「ホ、本当!? アタシもしかして、とんでもないヤツらについてきちゃった!? だって、一人はクールぶったチョコボだし、一人は他の星からきたっていうし、おまけに喋る犬!」
「おい、チョコボって言うな」
「私は犬じゃない」
「ふ、あはは!」
と笑い声をあげた美月に、皆の視線が集まる。
「ごめん、ユフィの反応、おもしろくて」
あーおっかし、とお腹を抱えると、ユフィは、「笑いごとじゃないし!」と地団駄を踏んだ。
「ていうか、一番最初に変なこと言い出したの、ミツキだかんね!」
ビシ、と人差し指を向けられ、美月は両手を挙げて降参の構えを示した。
「ごめん、ちょっと複雑な事情があるんだけど、でも、うそじゃないの」
「ハァー? まともそうに見えて、そういうの一番タチ悪いなー!」
「うん、タチ悪い、そうかも」
「そうかも、じゃないし!」
美月の笑いは止まらない。肩を震わせながら蹲った彼女に、おい、とクラウドが声をかけるが、やがてそれが無意味だと知ると、やれやれと肩をすくめて呆れ返ってしまった。
いつぶりにこんなに笑っただろうか。クラウドの女装のときでも、遠慮してここまで爆笑しなかった。誰かにツボがおかしい、と言われてもしかたない。膝を抱えて空を仰ぐと、木漏れ日が差していた。
「……きれー」
きらきら、宝石がちりばめられたみたいだった。風がそよぎ、樹々がさわさわと鳴いている。緑の匂いがした。
「なあクラウド! ミツキ、今度は急に空見始めちゃったんだけど!」
初めて空を見た子どものように木漏れ日に夢中になる美月に、ユフィがクラウドの腕を掴んでガシガシと揺する。
「……ハァ」と、あからさまにため息をついたクラウドだったが、なんだかんだ美月が正常に戻るまで、近くにいてくれたのだった。
*
「ミツキ、だいじょぶ?」
PHS越しに聞こえてきたエアリスの声に、美月は不意に泣きそうになり大きく息を吸った。
「うん、大丈夫」
「そっか、ならよかった! あ、仲間が一人増えたんだって?」
すずらんのそよぐような、やわらかい音色だ。からからと花笠の揺れる静穏の象徴に、美月は噛み締めながら、うん、と答える。
「おもしろい子なの。だから一気に賑やかになったよ」
「へぇ! 早く会ってみたいな。あっレッドに迷惑かけてない?」
「レッド? うぅん、モンスターと戦うときにはやっぱり……」
「そうじゃなくて」
どういうこと? と美月が首を傾げると、奥の方で、「もう、余計なこと言わないの」とティファの声がする。
「ふふ、やっぱなんでもない! わたしたち、今コンドルフォートにいるから、少し時間かかっちゃうかもって、クラウドに伝えておいて! バレットが神羅を倒すって意気込んじゃって」
「うん、わかった」
軽快に電話が切れて、画面が白く光ったPHSを眺めていると、クラウドがやってきた。
「エアリス、なんだって?」
「コンドルフォートってところにいるから、少し時間がかかるって」
「コンドルフォート……まだまだだな」
はぁ、とため息をついたクラウドに、美月はPHSを返しながら、「電話、わたしが独占しちゃってごめんね」と謝る。
「……なぜ?」クラウドは眉をひそめた。
「だって、エアリスと話したかったでしょ?」
様子を確認しようとクラウドが連絡をとるなり、「ミツキに代わって」と言われたのだ。それともティファだったかしら、と小首を傾げると、クラウドはさらに難しそうに眉間に深いしわを刻んだ。
「なによ」
「いや、なんでもない。それより、あと一、二時間でジュノンに着けそうだが、このまま行っていいか?」
森を抜けたところで潮の香りがしてきたので、そろそろかと思ってはいた。脚にかなりの疲労は感じていたが、ポーションを飲めばなんとかなるだろう。それより、ジュノンに着いたらセフィロスがいるかもしれないという不安が美月の中に再び沸き起こった。だが、ここまできてそれを告げるわけにもいかない。
「もちろん」と、薄く笑みを浮かべると、クラウドがじっと顔を眺めてきた。感情は読めないが、うがつような視線に美月は心臓が灼かれる。クラウドはしばらくそうしていたが、やがて、「わかった」と踵を返した。
「ミツキ、ポーションちょーだい!」
クラウドと入れ替わりでユフィが手を振りながら走ってきた。レッドと一緒に、近くの木に樹成するきのみなどがないかを探しに行っていたのだ。
「うん。なんかあった?」
「ぜーんぜん! お腹すいたけど、モッサモサのパンでガマンだね」
ポーション瓶を開けて、ユフィに渡してやる。ユフィはそれを受け取ると、ぐび、と一気に飲み干した。
「はー、効く効く」
「ユフィ、おじさんくさい」
「はぁん? ピッチピチの十六歳捕まえておじさんはないよ! おじさんは!」
ギャンギャンと騒ぎ立てるユフィの横に、レッドがやってくる。
「ミツキ、その後マテリアはどうだ?」
「マテリア? ミツキもマテリア持ってんの?」
ユフィの目が輝いたのは気のせいだろうか。美月は、うん、と微笑を浮かべながら左手で順手にダガーを抜いた。
「ほのおのマテリア。クラウドにもらったの」
「見てもいい?」
「いいよ」と緑色の珠を刃から抜いて、ユフィに渡す。うきうきした様子で、彼女はそれを受け取った。
「おー! って、これ、全然育ってないじゃん」
「だって、まだ一回も使ったことないもの」
美月がダガーを鞘に収めながら言うと、えっ、と驚きの声が上がった。
「一回も? なんだよもったいない!」
だったらアタシが育ててやるよ、と言いかねない勢いのユフィに、レッドが冷静に説明を加える。
「ミツキはなんらかの理由で、マテリアが使えないんだ」
「マテリアが使えないぃ?」
そういうこと、と美月は微苦笑した。
「でも、使えないなんて、そんなことあるんだな。はじめて聞いた」
まじまじとほのおのマテリアを見つめて、ユフィが呟く。
「そうみたい。なんでも、わたしとみんなの精神の波動が異なるからじゃないかって」
視線を上げたユフィの睫毛が、ぱちりと素早く瞬いた。
「なにそれ。ちがう世界のニンゲンだから、ってこと?」
美月が言葉の代わりに肩をすくめると、ユフィがマテリアを太陽に翳した。
「なんだよ、マテリアも意外とポンコツだなぁ!」
「ポンコツなのはわたしじゃないの」
「だって、たかが世界を越えただけでジュンノーしなくなるんでしょ? 神羅もまだまだだね」
きらり、鮮やかな緑が光を反射して、ユフィの頬を薄緑に染める。美月はゆるりと眉根を緩めて笑った。
「それ、神羅が聞いたら怒りそう」
上等、とばかりにニッと笑うユフィであった。
「ていうか、その耳のもマテリア?」
ちらり、視線が頬の横に移る。
「ああ、これ」
耳からピアスを外すと、太陽に白珠が煌めいた。
きらり、白磁のヴェールの上にオーロラが輝く。相変わらず不思議な色合いだ。青空に翳してみると、真昼に見える月のようでもあった。
「みんなそう言うけど、どうだかわからない」
「ふうん、ちょっと見せて」
ほのおのマテリアと交換にピアスを渡す。人差し指の先ほどの、どちらかというと小さな珠だ。実際のマテリアと比べてみるとだいぶ違う。
「どうしてみんなマテリアって思うの?」
ユフィは、んー、と唇をすぼめた。
「なんだろ、なんとなく? な、レッド」
「そうだな。うまく言い表せないが、そんな予感を感じる」
ゆるり、レッドの尾が揺れて、美月は小さく息をついた。
じろじろと四方八方からピアスを眺めたあと、ユフィが、あんがと、とそれを返してくる。軽く微笑んでピアスを耳につけ直すと、こそっとユフィが耳打ちしてきた。
「そういえば、それ、あのチョコボ頭とお揃いなの?」
ぱちり、瞠目した美月にちょうどよく影がかかる。
「そろそろ行くぞ」
「うわさをすれば! ねえねえクラウド! クラウドとミツキって、デキちゃってる感じ?」
シュタッと忍者の素早さで移動すると、いかにも若者な言葉遣いでユフィはフランクにクラウドの肩へ肘を掛けた。
「デキ……? なにがだ?」クラウドは訝る様子を隠さない。
「はぁ? わかんないの? こーれ! お揃いじゃん!」
クラウドの右耳についたピアスをピン、と中指で軽くはたいて、ニシシ、と美月に笑いかけてくる。
そういえば、まだつけたままだった。「いや、そういうのじゃないんだけど」と口にするが、気恥ずかしさに語尾が弱まってしまう。すかさずユフィは、へえ? などとしたり顔を向けてきた。完全に勘違いされている。慌てて、ね? とクラウドに視線を送るが、ユフィからの追随は逃れられない。
「じゃあ、なんでつけてんの?」
「それは……」と言いあぐねる美月の代わりに、クラウドが答えた。
「担保だ」
「担保ォ?」
ユフィと思わず声が重なってしまった。ハッと口元に手をやると、クラウドがやれやれと一瞥を寄越してきた。
「アンタから頼まれた依頼だ。忘れたのか」
「ううん、覚えてる」
安全なところへ連れて行く――心の中で蘇った記憶に早鐘を打つ心臓をなんとか撫でつける。
「ならいい。とにかく、その依頼料がわりだ」
このピアスを渡したのは、七番プレートが落ちる直前のこと。お守り代わりに無我夢中で握らせたのだ。たしかに、そのときは、「依頼、まだ終わってませんから」なんてことを言った気がするが、まだ彼がその気でいたとは。いや、そんなことを言うのは、失礼か。
クラウドは、「さっさと行くぞ」とユフィの腕を振り払うと、西へ向けて歩き出した。
「ふうん」怪訝そうなユフィに、「まあそういうこと」と美月は平静を装って肩をすくめる。
「なあんだ、つまんないの」
「つまんなくて残念でした」
ぶー、とひまわりのタネを詰め込んだハムスターのように膨らんだユフィの頬をつついて、美月はクラウドのあとを追う。きらめく金糸の間に覗く白亜のピアスにどこかこそばゆい気持ちを抱きながら、風に遊ぶ髪を耳にかけ直した。
「でもさぁ、なーんかあの二人、怪しくない?」
「……知らん」
そんな会話が聞こえてきたが、聞こえなかったことにした。
ジュノンに向けて、一行は小高い丘を進んでいた。傾斜が激しいともあって、脚への負担はこれまでより大きい。
「まだぁ? もう疲れたんだけど!」
「黙って歩け」
と、ユフィとクラウドのやりとりに挟まれて、美月は崖の向こうに見える海を見つめていた。
「海が見えてきたから、あと、少し?」
「そうだな。もうまもなく見えてくるだろう」
腰につけたコンパスで、無事西北へ向かっていることを確認する。美月とレッドの言葉に元気を取り戻したユフィは、よっしゃー! と両手を挙げて丘を走り出した。
「おい、勝手に走り出すな!」
後方からそんな声が飛んでくるも、走り出した忍者の勢いはおいそれと止められるものではない。
「クラウド、お父さんみたいね」
くすくすと笑いながら振り返った美月に、クラウドは不満げな顔で、「うれしくない」と吐き捨てる。
「でも、ユフィがいてくれて、助かったね」
やれやれと肩をすくめて、金色の髪が美月の隣に並んだ。
「どうだかな」
眦を緩めて、美月は、「助かったの」と優しく念を押した。
「わたしが戦えないから、クラウドたちの負担すごかったでしょ? だから、よかった」
こんなことわたしが思うのは勝手だけど、そう呟く声は不自然なほどに小さかった。あまりの不甲斐なさに押しつぶされそうになり、美月はわざとへらりとだらしなく笑ってみせる。
はぁ、クラウドはあからさまにため息をついた。
「アンタ……」
なにかを言おうとしたクラウドの声が、ユフィの悲鳴に掻き消された。
「イッテー!」
「ユフィ?」
前を向いた美月の目に飛び込んできたのは、大きな手を広げた緑のモンスターの前で血を流すユフィの姿だった。
それまで穏やかだった空気が張り詰める。
「まずいな、ゼムゼレットか」
「……あんの、バカ!」
レッドに続き、舌打ちをしてバスターソードに手をかけたクラウドが駆け出す。だが、すぐに思い出したように美月を振り返った。
「アンタはここにいろ」
「え……」
びくりと肩を震わせた美月を鋭い眼光が射抜く。
「ここのほうが安全だ」
ごくり固唾を呑むとクラウドは、いいな、と念を押して彼女に背を向けた。ジャキン、とバスターソードが音を立てて、遠ざかっていく。
(どうしよう)
美月はその背を送ることもままならず、俯き、拳を握りしめた。
柔い爪が手のひらに突き刺さる。
(ここにいていいの?)
丘を下った先からは、彼らが戦う音が聞こえてくる。クラウドが剣をふるい、レッドが果敢にモンスターへ噛み付く。腕を怪我したユフィもまた、大きな手裏剣を投げているのだろう。
美月はぎゅうと瞑目し、祈るようにダガーに触れた。
(本当に、わたしは力になれない?)
指が痺れ、うまく力が込められない。それはおろか、脚までもががくがくと震えだしている。ザシュッ――肉を斬り、地が揺れ動く。ザンッ――風を切る。
(役立たず)
美月は身動きのとれない体に吐き捨てる。
「この、やくたたず……!」
唇を噛み締めて、きつく、目を瞑る。
――愛しい子
風とともに、声が流れ込んできた。美月はハッと目を開ける。
「なに」
辺りを見渡すが、誰もいない。
「やめてよ、なんなの……」
不気味になって、震える脚でクラウドたちのほうへと歩きだす。助けにいくんじゃない、一人が怖いから進むのだ。
「クラウド、うしろ!」
レッドの声が響く。空から、紫色の鳥のようなモンスターがすごい勢いでクラウドへと下降するのが見えた。
「くっ……おい、ユフィ、まだいけるか!」
「ヘン! ユフィちゃん舐めてもらっちゃ困るね!」
クラウドの頬から血が流れ出す。ユフィの右腕も、すでに目も当てられないほど真っ赤に染まっていた。
目の奥がツン、と痛み、喉がかあっと熱くなる。全身の血潮が沸き立ち、勢いよく駆け巡っていく。指先から、頭、そして、首、背すじ、腰……。
「やくたたず……!」
ダガーを握れ! 今すぐに、美月の方角からならば、敵の死角を突ける! なのに――。
「ど、して、動いてくれないのよ……」
手は震え、うまくダガーを掴めない。今この瞬間に、仲間が傷ついているというのに、大地を踏み締めていた脚までもが力なく崩れていく。
どさり――腰を抜かしてへたり込んだ美月に、クラウドが気づく。
「ミツキ!」
涙が頬を伝う。
――となれ
声がした。
全身の血が逆流していく。細胞一つ一つが沸き立ち、力強く震える。
美月は顔をあげると、思うがままに叫んでいた。
「――ケアル!」
落ちゆく意識の中、紺碧の空で白亜の月が笑っていた。
