episode.16

「ダイドラグーン!」
「ダイナックル!」
 キョダイマックス同士、一歩も譲れぬ戦いが繰り広げられている。だが、ジュラルドンのダイドラグーンの威力には勝てず、そのままゲンガーは真っ向から攻撃を受けてしまった。大きく体を揺らす相棒に唇を噛みしめるが、それでも私は前を向く。
「ジュラルドン、ダイロック」
「ゲンガー、ダイアシッド!」
 キバナがハッと鼻を鳴らして叫んだ。
「ローラ、ジュラルドンにどくは効かないぜ! そんなことも忘れちまったのかよ!」
 ぐっと固唾を飲み、キッとキバナを見据える。
 ダイロックを飲み込んだものの、当然ダイアシッドは、はがねタイプのジュラルドンはおろか空を高く飛んでいたリザードンにも及ばない。
 ――わかってる。
「そのまま攻めこめ、ジュラルドン! ダイドラグーン!」
「ゲンガー、もう一度、ダイアシッドよ!」
『ローラ選手、さすがに疲れが出てきたか。なにを思ったかダメージのないわざを二連続! 勝負あったも同ぜ――』
「キバナ! 気をつけろ!」
 ダンデの叫びもつかの間、ゲンガーのダイアシッドがダイドラグーンを前に飛び散り、ドラゴンがゲンガーを食らう。だが、そのとき、「メタグロス! コメットパンチ!」という声が聞こえた。
「リザードン、だいもんじで迎え撃て!」
 激しい爆発が起こり、爆風でフィールドの視界が遮られる。
『なっ……なんということでしょう、あのリザードンのだいもんじを……』
 静けさが訪れる。
『あのだいもんじを! なんと、なんと! メタグロスのコメットパンチが破ったァァアアア――! 遥かに凄まじい威力! これは圧巻です!』
 パチン――硝煙の最中、乾いた音が響く。
「よくやったわ、ゲンガー!」
 ダイマックスが解け、よろよろと立ち上がる相棒に声をかける。もうあまり猶予はない。だが、よくここまでもってくれた。
 ラプラスでもなく、ジュラルドンでもなく、彼、ゲンガーにした理由。スピードに特化したアタッカーであることはもちろんながら、「はがね」と「どく」という致命的なタイプ相性を逆手にとる作戦だった。
 ダイアシッドの効果、味方の特攻を向上させる。シュートシティの公園で、キルクスで、ひとりでは挑めないと私は強く実感した結果だった。縁の下の力持ちだなんて、いいものではない。これは足掻きだ、勝つための私たちの作戦だ。
「これで貸しは二、かな」
「二回ダイアシッドしたので、三ですね」
「しかたないね。高級レストランでも予約しとこうか? ダイヤの指輪つき」
「そういうのいらないんで。おひとりさま、アローラ島へのバカンス休暇でお願いします」
 肩を並べ、同じ方向を見据えて、私たちは戦う。そうやって、決めたのだ。
「まったく。そういうところ、本当、ちゃっかりしていていいと思うよ」
 やれやれと、でもうれしそうに笑った彼に、意地でもツンと澄まし顔をする。ダイゴさんはそのままゲンガーに向き直った。ありがとうゲンガー、そんな声かけにゲンガーはうれしそうにンガッと声を上げる。ふっと浮遊してきたメタグロスを見ると、まだまだ余裕がありそうだった。さすがは、ホウエンいち、つよくてすごい男の相棒だ。
「ダイゴさん、このあと、頼んでもいいですか」
 大きく息を吸い込んで、肺を満たす。キルクススタジアムで猛特訓をしたとはいえ、息が上がる。
「後悔しない?」
「……たぶん」
 スタジアムじゅうの視線が集まっている。期待、羨望、揶揄、失望、侮蔑、憎悪――それから緊張。ああもう立ち止まったら二度と進めなくなる。足が竦むのに、しゃがんだら一生立てなくなる。
 天を仰ぐと、いつか彼が見つけ出したフローライトのように、碧く透きとおる空が広がっていた。
「だって、あなたは、どんな私でも受け入れてくれるんでしょう?」
 ガラルの夜はこれからだ。だから、まだ歩いていける。
「もちろん」
 迷いのないその声に私は微笑み視線を戻す。キバナが鋭い形相でこちらを見ていた。だが、その目には執念とともにギラギラとした屈強な希望の光が宿っていた。
「キバナ、あなたはやっぱりすごいわ。ダンデのライバルなだけある」
「そういうローラは、昔みたいな戦いかたはしないんだな」
 びくり、肩を揺らす。見れば、キバナもジュラルドンも汗一つ流していない。まさに、実力の差を突きつけられているみたいだ。
「いつの話をしてるの?」
 そんなふうに眉を顰めれば、彼はまっすぐ私に叫んだ。
「チャレンジャー時代のころ。戦略なんてなしにぶつかっていく、オレさまは、あの戦いかたが大好きだった!」
 ダンデが言っていた。
 ――毎年キバナはリーグの時期になるとよくキミの話をしていてな。いいトレーナーがいる、絶対あいつは勝ち上がってくる、すげぇいい目をしてるんだって。
 うそじゃなかった。知ってる、ダンデがうそをつけるような人間でも、なにかを衒い、だれかを貶めるような人間でもないことを。
 ――ばかみたいだ。結局自分で、その足でずっと幸せから遠ざかっていたんじゃないか。キバナの彼女は清楚でいなくちゃ。慈愛に満ちていなくちゃ、大人な女にならなくちゃ、そんなふうに自分に呪いばかりかけて、がんじがらめになって、首を絞めて身動きがとれなくなっていた。それをしたのは、ほかでもない私だったのだ。
 もっと早くに気づいていたら。もっと私が素直で自分をさらけ出せていたら、ありのままの自分を受け入れられていたら、もっと、うまくいったんだろうか。キバナの隣という理想に勝てないと、どうやってもその理想に敵わないと泣いていたら、私たちはまだ一緒にいられたのだろうか。
 キバナがジュラルドンにアイアンヘッドの指示を出す。
「ばかね、キバナ。私、無鉄砲もはねっかえりも、なにもかも変わってないのよ」
 昔から、負けずぎらいだった。気になると、とことん突き詰めないと気が済まなかった。ほしいものがあれば手に入れられるまで諦めなかった。
 私はワルキューレにもパナケイアにもなれない。でも、私は私だ。だれかのために、あるいはだれかの隣で添えられた花のように笑っている女じゃない。純白のドレスを着て、腕を引かれることを一番に願うような小さな女の子じゃない。――そりゃ、いい人がいたら別だけど!
 私には自分の足がある。歩くことも、走ることも、飛ぶこともできる足があるんだから。どんなに足掻いても、縋っても惨めになっても、自分の人生を、自分の好きな道を、好きな自分を、自分で選びとれる強い人間でありたい。
 今までチョロネコのように可憐の面を被っていたローラは、うじうじサッチムシのように地面にうずくまっていたローラは、海に突き落とされた瞬間死んだのだ。
 プラチナブルーのドレスが、髪が、ゆらりと風に遊ぶ。
 傷だらけのゲンガーに心の中で、ごめんね、と謝ると、通じたのか、彼はくるりとうしろをふり返ってニヤリと笑った。
 ――さすが、わかってる。
 ジュラルドンが自分の重さを利用して凄まじい勢いで迫ってくる。
「ゲンガー、よく――よく頑張ったわ! 最後にあがいてやりましょう!」
 黄色いロトムが宙を横切る。それを視界の端に捉えてふと笑う。

 ――みちづれ。

 その言葉を声高く叫ぶと、キバナが目を大きく見開いた。
「ジュラルドン、止まれ!」
 しかしその勢いが止まることはない。
 アイアンヘッドをくらったゲンガーはそのままジュラルドンを抱きこんで呪いをかける。メタグロスのラスターカノンとダンデのだいもんじがぶつかり、ふたたびフィールドに烈しい爆発が起こった。

 薄暮の空が、やがて終焉を孕んだ濃い藍色に染まっていく。
「はあ、いい汗かいた」
 本日すべての業務終了、またのご利用をお待ちしています――と言うわけにもいかず、マーメイドラインのロングドレスからミモレ丈のチュールドレスに着替えてセカンドパーティーの行われるロンドロゼにやってきていた。
 会場のある館はバトルタワーや観覧車が一望できる絶好の立地にある。その三階、なんたら建築ですかというような瀟洒なバルコニーで、ネオン瞬く夜景に背を預けながら私たちはシャンパンを口にする。夜風が頬を撫でるたび、さっぱりと憑き物を落とした肌がよろこぶ気がした。
「今日だけで五キロは痩せてそう」というと、隣にふっと笑い声が並んだ。
「ボクはやな汗をかいたよ。キミってば本当に心臓に悪い戦い方をするものだから」
「だって、真正面から戦ったら、まともにやりあえませんから」
「いやな大人になったものだね」
「あら、したたかと言ってくださいます?」
 ドレスと同じプラチナブルーが夜空の輝きを集め目映くきらめく。整えられた髪――だけではなく、上等なタキシードまで、まるですべてが自分のものと言わんばかりの装いだ。それもそうだ、だって彼は彼のものなのだから。
 でも気になるのは、ホウエン流にお色直しをするときいていたはずがまったく実際の色は変わっていないところだ。これじゃまるで私まで彼のものみたいじゃないか。そんなふうに唇を尖らせるが、彼はどこ吹く風といった様子でバルコニーの手摺りにからだを預けシャンパンで唇を濡らす。
 エキシビションマッチを終えて一変、静かなムードが私たちを包んでいた。報道陣も一般招待のゲストも帰し、リーグそれからデボン関係者のみのパーティー。大きなガラス窓の向こうには、シャンデリアの下、ルリナやソニア博士、それからサイトウちゃんたちがわいわいと集まり料理に舌鼓を打っている。それからカブさんやメロンさんたち大人陣と、いつのまにかやってきていたネズさんがダンデやキバナに挟まれて心底気だるそうな顔をしている――のはまあ通常運転か。
 それでも、平静を取り戻したガラルの夜だった。あれだけ熾烈なバトルを繰り広げてなお、笑い合いグラスを交わす。トレーナーのいいところだ。
「さて、勝利の女神に乾杯でもしようか」
 手にしたグラスにこつんと優しい衝撃が訪れる。ふと視線を横に向ければ、淡い虹彩が宵を纏って神秘的に光を放っていた。じっと見ていられなくて、わざとふいと視線を逸らしながら、「カンパイ」とホウエン流に祝福を交わす。
 はあ、おいしい、そんなふうに一気に飲み干した私を、彼はにこにことうれしそうに眺めた。
「おかわりは?」
「ん、ほしい」
「じゃ、ボクが行ってこよう」
 そのフットワークもっと重くしてくれないかな、と思いつつ、熱で滲んだ思考を伏せて、私の手からグラスを奪い去っていく彼の背を見送る。きっと、中で捕まってしばらく帰ってこないのだろう。風にさらわれた髪を耳にかけると、ふとハープのような音色が届いた。
「相変わらず、ずいぶんと無茶な戦い方をするのね、あなたは」
 視線を上げる。
「でも、そのほうがあなたらしいわ」
 その先には真紅のドレスに身を包んだ、かつてのライバルの姿がそこにあった。
「オリーヴ……。いらしてたんですね」
 ええ、と長い瞬きがゆうるりと揺らいで、彼女もまた憑物がとれたのだな、と肩の力が抜ける。綺麗な所作で歩み寄って、彼女は長い髪を遊ばせながら隣へやってきた。
「訃報が届いたときは、正直、わたくしも驚きましたが」
「その節は、本当にご迷惑をおかけしました」
 まったくね、と彼女はたおやかに眉をあげた。
「ローズ委員長――じゃなかったローズさんは、今もガラル鉱山に」
「ええ。新たな道のりは、今までよりも過酷。でも、それが、わたくしたちのしたことへの報復だから」
 瞳を伏せ光から目を逸らした後、彼女はまっすぐそれを見据える。
 彼女のそんな繊細な強さを心から尊敬していた。いつか彼女のように認められるようになりたいと思っていた。いつか追い抜きたいと思っていた。
 けれど、なにより今、互いの荷をすこしずつ下ろして、また背負い直して同じ方向を向かい合う、そんな距離感が心地よくて――こそばゆくて。
「あなたさえよければ、一緒に来てくれないかと言いいたいところでしたが、それも無用のようね」
 だが、そんな逢瀬も続かない。
「わたくしはこれで。あなたにお客さまよ」
 きょとん、とした私に、オリーヴは薄っすらと笑みを残して戻っていく。
 ふり返ると、キバナが立っていた。