いよいよお通ちゃんの警護が始まった。天下のお江戸アイドル、彼女の命を預かるということであれば、緩んでいた空気も一変……かと思えば、なんともピンクな空気が漂っている。
「まったく、男っていうのはだらしのない生きものだね」
なんて、心底軽蔑したまなざしで、女中方で一番偉いお姉さまに呆れられる始末だ。討ち入りの前のあのピリリとした雰囲気がうそのように、お通ちゃんの姿を思い浮かべては顔をにやけさせる。
「さすがはアイドルというか、お通ちゃんというか」
「こんな男たちばっかに囲まれてると思うと、あたしゃあの娘が心配だよ。こいつらみィんな豚箱に突っ込んでやりたい気分だ」
さすがにそれは過激すぎるが、言いたいことはわからなくもない。たとえば自分の娘がアイドルになったとすれば、不純な目で娘のことを見るファンたちを蹴散らしたくなってしまう。……子ども、産んだことないけれども。
アイドルという仕事は大変なのだなあと思いながら、先輩女中のあとについて洗濯物を運ぶ。今、天下のお江戸アイドルの警護にあたっているのは三番隊と四番隊だから、目をハートにしている彼らは、朝方任務に当たった一番隊か、二番隊だろうか。
ストーカー被害に悩む女性を守る仕事なのだから、みんなうまくやってくれるといいけど……。以前、お通ちゃんが一日局長になった時のことを聞くかぎり、苦笑いしか浮かんでこないが。マスコットの誠ちゃん騒動についてはノーコメントである。
「くおおおおら、お前らァァアアアッ」
そんなことを考えていれば、鬼の副長の登場だ。蜘蛛の子を散らすように、腑抜けた隊士たちを一喝。
「土方さんもなんでィ、いの一番にサインもらってたくせによう」
「ありゃとっつぁんに頼まれてだな」
「あーあ、口じゃ、女にうつつを抜かすなとかなんとか言いながら、自分が一番浮かれてやがる。土方死ね」
「お前、最後普通に悪口だったよな? それが言いたかっただけだよな?」
「あーあ、土方死ね」
「総悟ォォオオオ」
だめだこりゃ、隣から聞こえてきた小さなつぶやきは聞こえなかったことにしようか。
アイマスクを額につけた沖田さんが茶々を入れにくるのは、いつもどおりのこと。眉をつり上げた土方さんに、庭先にやってきていたウグイスが飛び立った。
わたしの横で、洗濯物を干し終えた先輩女中はやれやれと去っていく。
「ったく、どいつもこいつも」
縁側に座って、煙草をひと吹き。お勤めご苦労様ですと声をかければ、「あァ」と短く返ってくる。
「でも、心なしかみなさんいつもより生き生きしていらっしゃいますね」
くすりと笑って向こうでたんこぶをこしらえた隊士の方々を見やる。
土方さんはため息をついた。
「ま、体が鈍っちまうよりかはな。暴れたくてうずうずしてんだろ」
土方さんはそんなふうにおっしゃるが、さてどうだろう。なにかを守るために、人は輝くとはよく言ったものだ。
少々、いや、かなり桃色なほんわかホワホワな空気が漂っていたが、それでも彼らの気合いの入り具合は普段の市中見回りとは比べものにはならない。これじゃあ普段真面目に仕事をしていないみたいだが、……まあ、そんなことはない、うん、そんなことはないはずだ。バズーカぶっ放して、市中半壊とか、うん、よくあることだけれど、うん。
シーツを干し終わり、わたしも縁側に上がる。このあとは昼餉の支度だが、その前に、煙草の灰が落ちそうだったので懐にしのばせていた簡易灰皿を差し出した。「ンなことまでしなくていい」とは、言われてしまったが、せっかくの庭に灰が落ちてしまうのも、風流ではない。
「屯所も、春ですねえ」
池の近くに植えられた梅の木には、白い小さな花が開いている。
あァと土方さんはまたもや相づちを打った。会話を繋ぐわけではないが、受けとめてくれるようなそのひと言はなんだか心地がよい。
「――梅の花、一輪咲ても梅は梅」
これは、土方歳三の一句だけれど。
ぽつりとつぶやけば、すかさず沖田さんがバズーカを肩に抱えたままやってくる。なんとも物騒だ。
「なんでィ、東雲の姉さん。センスねえ句なんざ読んで」
思わず、そのことばに吹き出してしまいそうになった。言われてますよ、土方さん――心の中で声をかける。もちろん、目の前にいる土方さんはちんぷんかんぷんといった顔だ。
「なんか、こんな俳句を詠んだ方がいらしたそうですよ」
「へエ、よかった。姉さんが詠んだ句だとしたら、屯所じゅうに貼り出して、一か月はお披露目会をやるところでしたィ」
「相変わらず、いいご趣味をしていらっしゃいますね沖田さん」
「それほどでもないですぜィ」
こんな調子で、つつがなく日々は過ぎていく。
午後は買い出しのため町に出た。大量のマヨネーズを持って帰るのは大変なので、このごろは箱で注文し届けてもらうのだが、やはり用意していても配達のほうが間に合わないこともある。ちょうど切らしてしまったぶんのマヨネーズと、幹部の方々に出すためのお茶とを買いに行かなくてはならなかった。
途中、夕餉の支度までは余裕があるので、出る直前、「女中のみなさんで団子でも」と、近藤局長からいただいたおこづかいを握りしめ、和菓子屋に立ち寄ったり、バイト中の神楽ちゃんと新八くんにばったり出会って、立ち話をしたり。
あとは、なぜだか呼び込み中の桂さんと銀さんに遭遇したり。
「……あのさァ、やめてくんない? そのウジ虫を見るような目で銀さんを見るの」
「お前は銀時じゃない、銀子と何度言えば済むんだ。アッ、ちょっとそこのお兄さん、いい娘こいっぱいいるわよォ。ホラ、銀時も仕事をしないか」
「行ったそばからテメーが銀時っつってるだろうが」
まあ、その格好が宇宙海賊ではなく、美麗な女装姿だったのは、なにも突っ込むまい。ツインテールの銀さんはなんだかムカつくから置いておくとして、桂さんは女のわたしでも羨ましくなるほど女物の華やかな着物がお似合いだ。
「今、ムカつくって言ったよな? なあ?」
「言ってませんけどぉ?」
「いや言ってたからね、心の声ダダ漏れだったからね。つーか言っとくけど、好きでやってるわけじゃねーから、こちとら命かけてんだコノヤロー」
「どうせ、家賃滞納しすぎてテメェの身体売ってこいって言われたんでしょう」
「似たようなモンだけど、もうちょっとオブラートに包んでくれる? コンプライアンス、ギリギリだから。作者の倫理観疑われるから」
「銀魂の夢小説に倫理観もクソもあったもんじゃないですよ。ここから先は倫理ですなんてね、この漫画には無理ですから。ここから先はruby>混沌rt>カオス/rt>/ruby>ですから。原作が無理なものを二次創作の小説に求めるのが筋違いなんですよ」
「いつからそんな人間になっちゃったのオオオ!?」
……とか、なんとか、かまっ娘倶楽部のティッシュを大量にもらって、屯所へ帰る。
「東雲さん!」
と、道中声をかけてくれたのは、「佑」の字の半纏姿のお兄さんだ。爽やかな笑顔に手を振りかえし、「今日も精が出ますねえ」と、先ほど大江戸マートの福引きで当てた飴を渡す。
「お荷物大丈夫ですかい! よかったら僕、届けますよ」
「そんな、忙しいでしょうから、お気遣いなく」
「今ちょうど、配達がひと息つきましたんで!」
飛脚らしく軽々とスーパーの袋をわたしの手から攫って、お供しやす! と白い歯を見せる。なんともすがすがしいものだ。
「すみません、おつかれのところ」
「東雲さんにお会いしたら、疲れも吹き飛んじまいました。あ、お勤めはどちらで?」
「この先なんです。もう少ししたら見えてくるので、この辺りで構いませんよ」
おまけにジュースをひとつ。「お礼です」と、すぐそばの自販機で買って渡せば、まるで野球部の高校生のように礼儀正しく頭をさげる。
江戸は、いいところだ。わたしも溢れるほど優しさをもらっているぶん、返していかないと。
っしゃーせーだかエアロスミス~だか、自動ドアが開いた途端飛んできたのはやる気のない声だ。すれちがうお客はみな着物を着ているというのに、ガラス製の自動ドアがあるのはなんともおもしろい。もはやなにもかもに慣れてしまったが、飛脚がまだ残っていたり、髷を結っているひとがいたり、自分が知るお江戸の姿はそこかしこにある。
よくよく考えると頭が混乱しかねないが、もはやなんでもありの世界だと思えば楽なものだ。バズーカをぶっ放す国家公務員がいたり、ストーカー警察がいたり、はたまた四六時中煙草をふかす上司がいたり。胃袋がブラックホールの女の子も、どデカい犬もいて、でも、なんでもありだからわたしは正気を保てているのかもしれない。ふとそんなことを思ったりもする。
……なんて、しみじみするとまた銀さんにいろいろ言われそうだなあと考えながらレジに向かう。
「お、凛子ちゃん」
「あら長谷川さん、またコンビニ変わったんですね」
そうカウンターの向こうに立っていたのは、青い制服姿の長谷川さん。神楽ちゃん曰く、自分の信念を貫いたら人生という下り坂を一気に転げ落ちたマダオ。マダオってなにって聞くと、まるでダメなオッさんとのこと。
「それが聞いてくれよ凛子ちゃん、なんか急にバズーカ砲が突っ込んできたもんでよお。こちとらもうお陀仏よ」
「バズーカですか」
「そう、このごろジーさんバーさんの運転する車が突っ込んでくるって話はよく聞くけど、まさかバズーカがくるとはねえ」
そのバズーカをだれが打ったかは、うん、考えないでおこう。仕事が終わったのだから、仕事のことはそう、考えないほうがいい。うん。乾いた声で、大変でしたねえと気づかう様子を見せながら目をあさっての方向に向けて水道代の支払い用紙を出す。
こうして、わたしが公共料金の支払いをして、あすの朝ご飯を買って、普通の生活をしているあいだにも、どこかで困っているひとはいるし、事件は会議室ではなく現場で起こっている。お通ちゃんの警護はまだまだ続くし、そして、銀髪の男は奉行所の人間に今まさに職質を受けている。
「ねぇ! ちょっと、おい! おねーさん! おい! 無視すんじゃねェエ!」
くるりと体を反転して踵を返そうとしたが、時すでに遅し。
「いや、今日二度目だし、もう銀さんの出番いいかなあって思って」
「主人公はなぁ、何度登場したって読者を飽きさせねぇモンなんだよ」
「主人公って自覚あるなら、もうちょっとマシな登場してくれます?」
なんだかんだありながら、お役人さんに頭をさげてどうにか銀さんを救出したわたしである。
「それで、かまっ娘倶楽部はもうクビになって、お化け屋敷に出戻ったんですか?」
「ちげーわ、これのどこをどう見たらそうなるの? どう見ても瀕死状態だよね? 血ィ、だらだらしてるよね?」
「まあ、死にそうではないですけど」
いつぞやの落武者を思い出して、頭と鼻から血を流した銀さんにハンカチを渡す。いやあン時もお化け屋敷のバイトじゃねえから。ねえ、聞いてる? 騒ぐ銀さんをよそに、仕方がないから、今日は花柄のハンカチだ。
「なんか、逆に気ィ遣うんですけど」
「銀さんじゃないですか、そういうのがいいって言ったの」
「嫌がらせかよ、ったく」
しかし結局、血を拭う銀さんである。薄紅色のそれはみるみるうちに真っ赤に染まり、挙げ句銀さんは鼻の穴に捻り込んだ。すぐそばを通った女性が、ウワァという顔をした。わたしもウワァだ。
「あー、ウン、新しいの買って返すわ」
「銀さんにそんな甲斐性があったんですね」
「甲斐性しかないだろ」
「よく言いますよ、どうせ今日も銀の玉を出しに向かったのを、お妙ちゃんに……」
なぜか、背中にぞわりとした妙な感覚を覚えて振り返った。しかし、往来にはおかしなところはひとつもない。
「なんだよ」
「ううん、なんだか、変な寒気がして」
やだ、わたしのファンだったりて。訝しむ銀さんにからりと笑って、ハンカチをその手から回収した。
「こちらは洗って、台所の布巾にでもしますね」
「惜しいんだよなあ、こう、なんつーか可愛げがない。マジでない」
「他所で発揮するならいいんですう」
しかし銀さんはハンカチを取り返すと、「仕方ねーから、バーさんのとこで酒飲むぞ」とさっさと歩き出した。
結局、にぎやかに過ぎ去っていく夜。このくらいのほうが、かぶき町らしいのだろう。神楽ちゃんと新八くんと合流して、お登勢さんの特製賄いメニューをたらふく食べた。もちろん銀さんのツケで。銀さんはいつものように少女たちを寝かしつけると――というか、二人とも勝手に突っ伏して寝ていたわけだけど――わたしを長屋まで送ってくれた。
あたたまった心が冷めないうちに、シャワーを浴びて眠りにつく。なんだかんだ、こうしてわたしの日常は平穏に廻っていくのだと思っていた。
翌朝、長屋の郵便受けに、何枚ものわたしの写真が届くまでは。

※コメントは最大1500文字、10回まで送信できます