『ツワブキダイゴ、本命宣言!』
ガラルどころか世界を震撼させた報道から数日、バウタウンの私の家に、ある男の姿があった。
「ごめん」
と、やけにカラッとした調子で笑う彼に、今のところ反省という言葉はないのだろう。やけに晴れやかなその笑みは、いつもどおり自分の正しさを信じている男の顔だった。それでも私は諦めず、あのね、と勝負を切り出す。
「先にひと言いってよ、私、朝トレーニングするルリナに言われて知ったんだから」
――大変なことになってるわよ、というのが、あの報道を知るきっかけだった。
秋めいた風が心地よい今日このごろ、粛々とリーグへの準備が行われているさなかで起きたその出来事はまさしく大事件だった。
あの貴公子と名高いツワブキダイゴが、公の場での交際宣言。しかも相手は一般人で、リーグ共に会社一同公認の仲だという。さらにデボンコーポレーション社長であるツワブキムクゲ氏に至っては、「息子にすべて一任しております。彼ももはや子どもではありませんから」と悠長なひと言――のみならず、「でも、ようやく息子が腰を据えたようで正直ホッとしている」とのこと。
「私は腰を据えられてないんですけど」と、ぼやくが、当のダイゴはにこにこと人のいい笑みを浮かべている。
「きちんと、ご両親にはご挨拶したかったのに」
「まあ、おやじも忙しいからね」
「そうだけど、でも、こんな報道が先になるなんて」
堂々交際宣言! の文言は瞬く間にネットニュースになり、新聞の一面を飾り、さらには報道番組や情報番組でも取り沙汰された。相手に関しては一切の情報漏洩がないのは、デボンの力だろうか。それは、助かるけれど、もっと心づもりをしたかった。と、弱々しくぼやくと、彼は、ごめんね、と優しい声色で私を撫でる。
「でも、これでキミが不必要に隠れることはしなくてよくなったわけだ」
「そんなことも、ないと思うけど」
「あるよ。キミはボクの恋人なんだから、堂々としていればいい」
会社もリーグも、キミを守ることができる。彼はようやく自信家の笑みを戻して、やわくまなじりをゆるめる。
ダイゴが気にしているのは、パーティーでの一件だ。ちょうど居合わせた週刊誌の記者によって、「ツワブキダイゴのパートナー(仮)」というのが明るみになり、会場はひどい騒ぎになった。どうにか機転を利かせてくれた友人たちのおかげで難を逃れたが、それでも、あの夜の出来事は私の中でもダイゴの中でも苦い記憶として残っている。
だから、彼はこれ以上余計な騒ぎにならないよう、あえて打ち明けたのだ。相手はだれだと話題は尽きないが、それもじきに収束するだろうと彼は言う。結局、私はなにも闘うことなく安息を手に入れてしまった。
「ダイゴにはいろいろな立場があるのに」
「だからこそ、ハッキリさせたほうがいいかと思ったんだ。ボクはたしかにかつてのリーグチャンピオンで、いくらかホウエンを背負う広告塔でもある。それでも、ボクはアイドルではない」
いまだに、どうしたらいいのか、どうすべきだったのかわからない。ダイゴと付き合うことでの障壁は理解してきたつもりだったけれど、なにひとつきちんと理解できてはいなかったのだ。
「大切なものができたから、きちんとそれを大切にしたいと思った。それを、ボクなりに言葉にしていろんな人に伝えただけのことだよ」
このたびツワブキダイゴは――その文言を思い出す。
一般の女性と将来を見据えてお付き合いさせていただいていること、この件に関して日ごろより応援してくださるファンの皆さま、関係者の皆さまをお騒がせしたこと、今後一層の研鑽を重ねトレーナーとして、人として成長していきたいこと。いかにもツワブキダイゴっぽい、と言わざるを得ない、彼の誠実さを表すにふさわしい文章であった。
彼女とは仕事を通じて知り合い、互いを知るうちに惹かれ、自分から想いを告げたこと。趣味も立場も理解してくれ、ツワブキダイゴという一個の人間を尊重してくれること。さまざまなものを自分に与えてくれる、すばらしい女性であること。そんな言葉の数々。それこそ、私にはもったいないくらい。
むっと唇を結んだままの私にキスをして、ゆるしてくれる? と彼は言う。
「ゆるさない」
「それは困ったな」
「……と、言いたいところだけど、でも、ちょっとうれしい」
本当は、かなり。たしかに戸惑いもあった。むしろ、戸惑いのほうが多いし、いまだに複雑だ。でも、その中からじわじわと喜びが生まれてくる気がする。ダイゴが私のことをきちんと本命だと認識してくれていること、世間体よりなにより私を大切だと思ってくれていること、彼のご家族に会う前にこうした形になってしまったことは正直申し訳ないが、それでもやっぱり、うれしいと思う。
「私、ダイゴの彼女でいていいのかな」
「もちろん。彼女でいてもらわないと、ボクが困るな」
でも、同時によぎることがあった。私が守りたかったのは、なんなのだろう――と。私はきちんと、ツワブキダイゴという男を尊重してあげられているのだろうか。
アブリボンが舞うようにほがらかに笑うダイゴを眺めながら、「ありがとう」と口にしてぐちゃぐちゃな自分の心に蓋をした。
「ところで、ツワブキ副社長、本日はどういったご用事で?」
今月に入ってなんだかんだと指折り数えて数回ガラルに彼の姿がある。弊社副社長って忙しくなかったっけ? と首をかしげたくなるところをうろんに見つめると、彼はミミッキュとともにソファへ座りながら、「新プロジェクトの視察でね」とアスコットタイをゆるめた。
「もしかして、リゾート開発部の?」
「よくわかったね」
手を差し出すと、真っ赤なサテンのタイを彼はそこにのせてくれる。
「イッシュ、カロス、アローラ、そしてガラル。世界各地にリゾートホテルを作るって話、何年か前から立ち上がってたでしょう?」
「そう、そのプロジェクトがようやく本格的に動き出してね。大急ぎで各地を視察しているところさ」
来週はイッシュだとさらりと告げるダイゴに思わず目を回しそうになる。先週はカロスで次の次はアローラ、世界を股にかけるとはまさにこのこと。
「忙しいのに、わざわざ寄ってくれてありがとうね」
シワにならないようにハンガーへタイも吊るしてジャケットの横へ。一糸も乱れぬような艶やかなそれらは、近くで見てもやはり上等だ。
朝起きて、今日キミの家に寄ってもいいかな、と言われたときは驚いたが、私も会いたかったからちょうどよかった。
「キミが休みでよかったよ」
「って言って、どうせ職権濫用してスケジュール確認したんでしょうけど」
「当たりだ」
ふうと息をついてミミッキュを撫でるダイゴの顔はよく見るとややくたびれている。それもそうだ。カロスだのガラルだの、移動だけで半日はかかる場所へ休むまもなく飛び回り仕事をしているのだから。コーヒー? 紅茶? 訊ねると、コーヒーで、と彼はあくびを噛み殺した。
「すこし寝たら?」
気を抜いたら今にでも眠ってしまいそうだ。彼がそんなふうにうとうとするなんてことが珍しくてつい眉がさがる。キッチンに向かうのをやめて、「いや、せっかくだから起きているよ」とだだっ子のようにかぶりを振る彼の隣に座った。
「隈もできてるし」
「すこしね。でも、たいしたことじゃない」
「ダイゴのそれはあてにならないから」
このままじゃ、イッシュに向かう前に倒れてしまう。出張に加えてメディア対応もしたのだ。もしかしたら何日かろくに寝ていない可能性もある。
寝よっか、と手をとり首をかしげると、彼はきょとんとウパー顔をしてそれからあまいみつを垂らしたように瞳を潤ませた。
「ダメだな、それよりキミとキスをしたい」
「いくらでもしてあげる。けど、そのかわりすこしは仮眠とってね」
いつもより積極的に彼の膝に手をおいて、まずは先ほどのキスのお礼をすることにした。
目が覚めてからは、夕方の市場へ向かった。
「まさかこんなにすっきりするとは思わなかった」
「熟睡してたものね」
結局、お昼過ぎに起きてランチをとろうと話していたが、それすらも寝過ごしてこの時間だ。お腹は空いているけれど、睡眠をしっかりとったからか体は軽い。
ダイゴも同じようで、来たときに浮かべていた疲れ顔もスッキリとしていた。
「今日はうちに泊まれるの?」
「そうだね、どうにかスケジュール調整できたから」
「また無理して。でも、ありがとう」
そんなことを話しながら、生まれ育った街を恋人と歩く。
昏れなずむバウタウンはポケウッド映画に出てきそうな、あたたかくどこか切なくて美しい空気が漂っている。馴染みの屋台から食材を買って、重くなったバッグの持ち手を、二人で片方ずつ持ちながら防波堤を歩く。ゆらゆら二羽のキャモメが舞い、街一番の大きなジムスタジアムは夕陽を浴びて金色に染まっている。潮騒が鳴る。風が、やさしく頬を撫でる。なんともいえない気持ちが湧き上がって、ふと、こういうのを「しあわせ」と言うのだろうと思った。
ずっと一緒にいられたらいいのに。なにもかもを置き去りにして、ただ彼の横顔を眺めて、ときおり見つめあって、行く先を信じて歩いていけたらいいのに。
海を眺め、まぶしさに手をかざしていたダイゴがこちらをふりむく。
「ボク、すごく幸せだ」
今だけはなにもかもを忘れて、「私も」と風に気持ちを託した。
