episode.5

「なんだって、そのダイマックスバンドには鉱物が?」
 無事ラプラスを捕まえた私たちである。それをラボに送るかどうかで悩み、やっぱりいいやと結論づけたあとおまけ程度にそんなことを告げると、御曹司の目がこれでもかとギラつき始めたのがハイライトだった。
「そうです。ガラルでしか見つからない上、限られた人間のもとに落ちてくるとされる特殊な隕石の一種なのですが、残念ながらダイマックスバンドならびに、それらに関わる製品はマクロコスモスがすべての特許、製造権を握っていたので、弊社は……」
「なんてことだ。ボクがそんなことにも気づかないなんて……」
 めまいでも起こしたのだろうか、額に手を当てて、かの有名なナントカ像もびっくりのポーズだった。その声色から見るにこれは石戦争が勃発しかねない勢いだろう。明日にはマクロコスモスの株が買い占められているかもしれない。
「モンスターボールに関しましては、マクロコスモスに負けじと各種ダイマックス可能なものを現在提供しておりますが、そろそろ弊社もダイマックス用品の開発に本腰を入れたいというのが本音です」
「ちなみに、キミが先ほど投げ入れていたのは?」
「ねがいのかたまりですか? これも、ダイマックスにまつわる鉱物の一種ですね」
 研究所には山のように保管されているそれを差し出すと、副社長の目が見開かれた。
「ボクとしたことが……」
 二回めである。はて、この人は石レーダーでも搭載しているのだろうか。ついに頭を抱え込んでしまった上司に慰み程度に石を握らせる。
「よろしければ、どうぞ」
「いいのかい?」
「ええ、ダイマックスポケモンが落としてくれることもありますし、ワイルドエリアじゅうに落ちて……」
「探しに行こう」
「え?」
「今すぐ、このワイルドエリアじゅうの『ねがいのかたまり』を救いにいかなければ」
 救う、とは、いかに。

 そんなこんなでワイルドエリア採掘ツアーに出ることになり、その日は太陽が沈むまで広い大地を駆け回った。ダイマックス研究には自ら動きまわることも大事! と知りつつ、運動不足気味のOLにはなかなかキツイものがあったが、いい機会だったということにして幕を閉じた。
 さて、その翌日。絶賛全身筋肉痛に見舞われていた私を、無慈悲にもビーッビーッというけたたましいベルの音が叩き起こした。だれなのこんな時間に、などとぶつくさと文句を垂れながら起き上がり、眠気まなこをこすってドアを開ける。と、そこにはすでに「やまおとこ」スタイルの上司の姿があった。もちろん、爽快な笑顔つきだ。
「おはよう。今日は鉱山に行こうと思ってね」
「……いま、何時だとお思いで?」
 対する私は、ガラルサニーゴもびっくりの無気力さ。御霊体に触れる必要もないまでに無だ。しかし、あっけらかんと副社長は答える。
「朝の四時だけど」
 それがどうしたの? じゃないのだ。
「勤務時間外です!」
 ドアを閉めて「てっていこうせん」をはかろうとするも、結局、連れ出されてしまうかわいそうな秘書である。そうして、泣く泣く「やまおんな」スタイルに変身し、まだ日の昇らないスボミーインを出た私たちは第二鉱山へと向かった。

 ちなみに、副社長秘書になってからというもの、彼と同じくスボミーインに寝泊まりしている。もちろん上層階のスイートルームに……というわけにはいかないものの、広々としたホテルの一室で家事もなにもせずに過ごせるのは快適だった。それが会社の経費で落ちているのだから、なお心地がいい! デボンコーポレーション万歳!
 とはいえ、なぜそのような待遇を受けられる副社長秘書になったのか、そろそろ理由を訊ねたいところではあった。ただ、当然ながらだれも答えてくれるひとはおらず、御曹司のみぞ知るといったところ。このお坊ちゃんめ、と何度鷹揚に歩く背をうらめしく思ったことか。そんなことを考えているうちに、第二鉱山までたどり着いた。
「今日はどういった鉱石をお探しで」
 中へ入る前に、副社長から渡された社用のタブレット端末を確認する。
 本日の予定は見事にオフ。本当はオフなどではないのだけれど、「ガラル地方視察」と書いてあればもうそれはオフ同然だ。今日をもって同意とみなします。副社長命令です。実際には今日だけでなく、昨日もそうだった。
 視察の報告として、この端末を通じて本社やガラル支社に定期連絡をしなければならないらしく、副社長から命じられたとおり、私は「ダイマックス可能地域の視察」や「エンジンシティ周辺にて生息ポケモンの調査」という絶妙なラインの申告をたびたび行なってきた。それは、今日もしかり。電波が入りづらくなる前に済ませてしまおうと入力を済ませたところで、あれ、もしかして私ってばいいように使われてない? とピンときたがあとの祭りだった。
 私の問いに副社長はあごに手を当てて、そうだな、とさわやかな表情で答える。
「特にこれといったものはないけれど、フローライトが見つかればいいかな」
「フローライト?」
「ああ、ホウエンでは〝蛍石〟とも呼ばれるんだけど……」
 云々、三十分ほどのレクチャーを受けて、いざ出陣である。
 よし、じゃあ行こうか、と、げっそりした私に言い放ったときの副社長の笑顔といったら、確実にフラッシュより眩しかった。
 背広を着込んでいるときよりも、この絶妙な色合いの「やまおとこ」スタイルのときのほうが輝いて見えるのはどうしてだろう。おそらく世の女性はスーツの副社長を見て卒倒するだろうし、「やまおとこ」スタイルを見たら別の意味で卒倒してしまうはずなのに、そういうところ本当に不思議なひとだ。
 ……それはさておき、とにかく副社長は目当ての鉱石があるわけでもなく、ただ石を見つけることが目的らしい。石であればなんでもいい、否、なんでもいい、と言ったら語弊があるかもしれない。自ら採掘し、見つけ出すプロセスが重要らしい。
「……副社長、なにを?」
「シッ。いま、なにか聞こえなかったかい」
 急に立ち止まったかと思うと、副社長はなにやら耳を澄ましている。ポケモンの鳴き声だろうか、その精悍な横顔を眺めた。
 聡明さのにじむ額に、秀でた鼻梁。睫毛は長く、こんな薄暗がりでも淡い光を集めて瞬いている。まつげまで銀色なのね――って、私はなにをしているんだか。
「こっちだ」
 ブンブン、かぶりを振る私をよそに、副社長は告げて躊躇なく坑内を進んでいく。
「あの、なにがいるんです」
 慌てて追いかけると、彼はとんでもないひと言を口にした。
「なにって、石に決まっているじゃないか」
 そんな能力まで身につけているなんて聞いてないのよ、ツワブキダイゴ。

 第二鉱山はエンジンシティのはずれからバウタウンまで繋がる歴史ある鉱山だ。その筋のマニアたちには人気の場所でもあり、バウタウン出身の私は小さなころから大きなリュックを背負った採掘家たちが中へと入っていくのをよく眺めていた。
 なにが採れるか積極的に訊ねたことはないが、一度だけ採掘した石を見せてもらったことがある。一見、石灰色でどこにでもあるような丸い石なのに、叩き割って中を見てみると水晶が埋まっていた。たしか、なんだっけ、そう、ジオード。そういうのをジオードと呼ぶと言っていた。幼いながらその石の美しさには感心したものだ。そして、宝石が最初から輝いているわけではないことも、そのときはじめて知ったはずだった。
 けれど、私はそのことを記憶の彼方にしまい込んでしまっていた。気がつけば宝石のきらめきを重視するような人間になっていて、きちんとカットされたものでないと、あるいは「ダイヤモンド」「ルビー」など名前のついたもの、それでないと認められない。
「およめさん」になる――小さなころから夢みていたこと。
 いつしか、私はだれかの妻になりたいという理想を間違った形でいだいていた。その相手がどんな人間かは私にはどうでもよくて、そのときはどうでもよくはなかったように感じていたけれど、すべてが終わった今では強くそう思う。
 私はずっと、結婚という、だれかの妻という、いわゆる「肩書き」が欲しかっただけなのだ。

「気をつけて、そこにマッギョがいる」
 鉱山内は人道用にいくらか整備もされているが、当然ながらその多くはいまだ手付かずの土地である。マッギョを踏まないよう足場を選びながら、私はひたすら副社長のあとをついて行った。
 しばらく奥に進むと、そこで一度採掘することになった。
「うん、いい温度だ」
 もはや、岩に頬を当ててその感触を楽しむ副社長を見ても、なにも思うまい。ココドラをボールから放って、コン、カン、と岩を削りだした副社長のうしろで私は自分の携帯を眺めた。
 数か月前までは、ここに「彼」の写真が映っていた。でも、今はちがう。きゅるっとフェアリーだいばくはつ、ホイップ増し増しマホイップコーヒーのつぶらなひとみがこちらを向くばかり。我ながらピンクなセンスだとおもった。
 キバナと別れて数か月。そう、とっくに月日は経っている。
 出会ってから数年、互いの関係性に限界を感じて円満に終止符を打った。キバナはダンデを倒す目標があり、バトルに集中したいという願いがあった。面と向かって重荷になっているとは言われたことはなかったけれど、私の存在が余計なお荷物だったことは、たしかだろう。
 彼のワルキューレにもなれず、はたまたパナケイアにもなれず、私はお互いに解放されようと別れを切り出した。キバナは私という生産性のない存在から、私はそんな生産性のない自分から。
 まさか、あのタイミングで海に突き飛ばされるとは思わなかった。
「キミも、やってみたらどうかな?」
 物思いに沈んでいると、不意に声がかけられた。
「私が、ですか?」
「そう。やってみると、これが案外たのしいものだよ」
 そう言って、副社長は小さなつるはし――ピッケルを差し出してくる。
 案外たのしい、と言われても、という気持ちだった。だが、このまま手持ち無沙汰で余計なことを考えるのもいけないと思った。
 足元ではのんきにもココドラがもしゃもしゃ美味しそうに岩を食べている。この場合はガツガツだろうか。そんなことを考えながら、私は渋々ピッケルを受け取った。彼が使っていたのだろう、持ち手はまだあたたかい。
「目当ての石、叩き割ってしまっても知りませんからね」
「うん。それはそれで、いい思い出だよね」
 どこまでも掴めないひとだ。リュックから新たなピッケルを取り出して屈託なく笑う副社長に、私はやれやれと肩をすくめてみせた。