ホウエンから戻ってまもなく、エンジンシティジムでカブさんとのミーティングを終えたときのことだ。その日はいつも協力してもらっている定期調査の日で、マルヤクデをダイマックスさせてもらいスタジアムじゅうのガラル粒子濃度を測定したあと、依頼していたデボン製品のモニター結果を話し合うことになっていた。
ホウエン出身のカブさんはデボンとは長い付き合いで、社の広告塔としてたびたびお世話になっている。ということで、まずカブさんにモニター体験をしてもらい、それをもとに製品の改良を行うという流れだった。
つい先日ホウエンでバカンスを過ごしてきたこともあってか、フエンタウンの温泉やカイナの市場など話は大盛り上がり。予定よりも一時間ほど多く時間を要してしまい、慌ててスタジアムをあとしたわけだった。
忙しいのに申し訳ないことしてしまったな、と思いつつ、それでもカブさんやジムトレーナーの皆さんと有意義な時間を過ごせたぶん胸いっぱいといったところ。
まさにハネが生えた心地で、街のシンボルでもあるスタジアムの時計塔を背にレトロな街並みを進む。煉瓦づくりの家々や、街を動かす動力となる蒸気機関のボイラーやパイプ、どこかタイムスリップしたような心地になるのがエンジンシティのいいところだ。少し香ばしいエスプレッソの香りがするのも古き良きガラルの空気である。
しばらく歩いてふり返ると、昇降機から上がった蒸気が青空を白く包み込んでいた。目映い陽射しがやわらかくなり、つい顔がほころぶ。
――と、どこか見たことのあるロイヤルブルーが視界に飛び込んだ。
「プラターヌ博士?」
たった今、昇降機を使って降りてきた人物。青色の目が覚めるようなシャツとアンクル丈の細身のパンツ。肩から掛けるのはなめし革のショルダーバッグで、やわらかな髪がふわりとマホミルのように揺れる。って、本当にマホミルを連れている。
「ローラくん!」
プラターヌ博士は私に気づいたのか、一度驚いた顔をしたがすぐに手を振って長い脚をこちらへ伸ばした。
「いやぁ、まさかこんなところで会えるとは思わなかったよ!」
「ええ、博士こそ。ガラルにいらしてるとは知りませんでした」
大学時代、カロスへ旅行をした際、プラターヌ博士には大変よくお世話になったものだ。
カロスへ行って一週間。おおよその観光を満喫したあと、手持ち無沙汰になってしまった私は、このあとどうしようかとカフェで悩んでいた。そんなとき、出会ったのがプラターヌ博士だった。
最初はただ彼が落としたハンカチを拾っただけだったものの、次の日も同じカフェで顔を合わせ、「それならボクのところへ遊びに来たらいいよ」というまたとない提案をしてもらった。それからガラルへ帰るまで、メガシンカにまつわる話を聞いたり、はたまた彼の研究の手伝いとして代わりにフィールドワークに出たり、結局ガラルにいるときのような生活を送ったわけだった。
そんな恩師の一人と、こんなところでひょんな再会をするとは思わず。ヒールを履いても目線がまだ上にある彼を見上げて、頭のうしろをふよふよと飛んでいるマホミルを捕まえる。
「博士はポケモンにまでモテモテなんですね」
「ああ、キミか! ついさっき寄ったカフェにいた子でね。どうやら野生の子だったらしく、気がついたらボクから離れなくなってしまって」
外までついてきちゃったんだねー! とほがらかにマホミルをつつく。それがうれしいのか、マホミルも上機嫌に笑っていた。
「じゃあ、そのカフェは繁盛しますね」
「そうか、ガラルにはそんな言い伝えがあるんだね」
「ええ、本当はパティスリーですけど。マホミルが現れたお店は絶対繁盛するんです。甘い、すてきなかおりに吸い寄せられるんでしょうね」
この子も、なんとも口の中がとろけるにおいがする。プラターヌ博士はそんな言葉にも嫌がるそぶりは見せず、「キミはパティスリーの運命の神様なんだね」と私の手からマホミルを預かった。これはメロメロになるはずだ。
「ところで、博士はこちらでなにを?」
以前、イッシュ地方で再会したときは学会があり、偶然その会場で顔を合わせた。でも、ここ最近ガラルでめぼしい学会発表はない。はて、バカンスだろうか、とマホミルをしげしげと観察するプラターヌ博士に訊ねると、彼は、ああ、とあごに手を当てたままこちらをふり向いた。
「ブラッシータウンのポケモン研究所に向かうつもりでね」
「ポケモン研究所に?」
「そう! せっかく、ガラルに来たからソニア博士とマグノリア博士のもとに顔を出そうと思ったのさ」
飛んでいくマホミルに、またね、と手を振る。
「それで、今はそらとぶタクシーを探していたところ。ワイルドエリアを眺めながら行こうと思ってね。ローラくんは?」
「私も、実はこのあとソニア博士に用があって」
ホウエン旅行のお土産を渡しに挨拶しに行くくらいだけれど。すると博士はパァッと顔を明るくした。
「奇遇だねー! もしローラくんがよければ、一緒にタクシー乗っていくかい?」
「いいんですか?」
「もちろん! 一人より二人、遠くいくなら大勢で。久々にきみの話も聞きたいからね!」
と、いうわけで、そらとぶタクシーでキバ湖上空を縦断しながらブラッシータウンに向かうことになった。ガラルへはバカンス兼フィールドワークに来ていたようで、ガラル独特のリージョンフォームやワイルドエリアで起こるダイマックス反応とメガシンカのちがいを観察する予定だったとのこと。
たしかに、メガシンカとダイマックスのちがいは今後双方をよりよく理解するためにも必要な研究になる。キーストーンとメガストーンを媒介に、ポケモンとトレーナーのあいだに繋がった「きずな」という糸をさらに強く結びつけるメガシンカ。それに対して、ダイマックスには、そうしたトレーナーとの関係によって生じる化学反応はない。必要はないと言ってもいい。実におもしろい分野だ。
そうしているうちにブラッシータウンについて、共にポケモン研究所を訪ねた。
「ローラさん! と、プラターヌ博士!?」
ソニア博士の驚きの顔といったらもう。マグノリア博士は、そういえば昨日連絡を頂戴しましたね、と泰然自若とした様子だった。
「しっかし、二人が揃って登場するとは思ってもみなかったわ」
研究所裏のアトリウムにホップくんと連れ立ったプラターヌ博士を眺めながら、緊張の糸を途切らせたソニア博士が言う。
「私も、たまたまエンジンシティで会ってね。びっくりしちゃった」
「超有名人に会った気分が抜けない」
「イケメンだしねえ。初めて会ったんだっけ?」
「そ、ずっとポケモンジャーナルとか、学会誌で見てはいたんだけど」
うっ、眩しい……! と目を覆う彼女につい笑ってしまう。思えば、私も初めて博士をこの目で見たときはドキドキしたものだ。それも、もういい思い出だけれど。
「ところで、ホウエンはどうだった?」
「それがね……すっ……ごく、楽しかった」
溜めて言えば、いいなぁ! という言葉がすぐに飛んでくる。
「ダイゴさんとふたりだったんでしょ? 夫婦水入らずってカンジ?」
「まだ夫婦じゃないけどね。でも、いろいろな場所に行ってのんびりして、本当にいい時間だった」
シダケでの日々、カイナやサイクリングロードでの弾けるような楽しさ、ルネの風やきらめき、それらをひとつひとつ思い出して頬がほころぶ。
「ローラさん、ダイゴさんの話してるときが一番いい顔するね」
「そう? ダイマックスの話をしているときかと思ってた」
「それもだけど。でも、もっとずっと幸せそう」
エメラルドグリーンの瞳が優しく弛んで、それからふっとしたり顔に変わる。
「わたしも幸せ分けてもらおっと。ご利益!」
「拝まない」
そういうソニア博士こそ、最近どうなのと訊こうとしたところで、プラターヌ博士とホップくんが帰ってきてしまった。それからまたガラルとカロスの伝説にまつわる話に花が咲き、ラボに戻ったのは夕方。部長には、「道端にキョダイマックスポケモンでも落ちていたのかな」と呆れられたものの、実に素晴らしい一日だった。
ちなみに、プラターヌ博士とソニア博士の写真をダイゴに送ったところ、「ボクも呼んでくれればすぐ行ったのに」と言われ、フライト時間とかなにもかも据え置いて、本当に飛んで来そうだと思ったのはここだけの話。
