まるでおとぎの国に迷い込んだようなきらめくシャンデリア。皓々と目映い光の中でひらひらとトサキントの尾ひれのようにサテンが揺れる。
ここはガラル地方、ナックルシティからほど近い場所に位置するとある宮殿。たった今、シーソーコンビ――シルディとソッド兄弟主催のパーティーが開かれていた。
ガラルを揺るがしたあのブラックナイト後、英雄伝説をめぐる一件ではデボンコーポレーションも地方工場などが破壊されるという被害を被ったものの、現在は立派にリーグスポンサーとなっている彼らである。こうしてリーグ関係者を招いてパーティーを行うのはすでに数回目。王族の末裔ともありまさに豪華絢爛、かつて王政が栄華を放っていたころの面影を感じるパーティーにも慣れたものだ。
なぜ、そんなパーティーにデボンコーポレーションの平社員である私が参加しているかというと、もとはといえばソニア博士に誘われたことが初めだった。
「一生のお願い!」
その日、常のように所用でブラッシータウンを訪れた私は研究所に入るなりソニア博士にそう詰め寄られた。
「すでに人生二回分のお願いを使っているような気がするけれど」と答えたものの、二度あることは三度あると言うべきか、それとも三度目の正直と言うべきか、「今度こそ、これで最後にするから!」と押し切られてそのお願いを聞き入れることになったのだ。蓋を開けてみたら、ただパーティーに一緒に参加してほしい、ということだったので、考える間もなく受け入れたのだけれども。
しかし、そんなパーティーも気がつけば常連に。ここに来て今さらそのお願いを聞き入れたことを後悔する日がくるとは、思ってもみなかった。
「ローラ、久しぶり」
「ローラくん、元気だったかい」
「ダイマックス研究部もさぞ忙しいみたいじゃないの」
などなど、いつもどおりシャンパン片手に知人たちに挨拶まわりをしていたところ、「もしかして」という声が聞こえてきた。
「アレ、例の……」
その瞬間、背すじに嫌な汗が流れた。そして、ぎくりとしたのもつかの間、メロンさんカブさんとのんきに歓談をしていた輪に、眼鏡をかけた男性が割り込んできたのだ。
「すみません、ローラさんですよね」
ぎらりと光るレンズ、「ちょっとなんだいアンタは」とメロンさんが咎めるが、それすらもこうかはいまひとつ。
「元ホウエンチャンプの〝あの〟パートナーとこんな場所で会えるなんて、いやあ、うれしいなあ!」
会場じゅうに響き渡る声、もうそこからは大変だった。
シャッター、罵声、罵声、ワイングラス、飛び交うものは数多である。着ていたはずのペールブルーのドレスはすでに殺人現場に居合わせたように胸元から腰まで真っ赤に染まり、高級そうな絨毯もどろどろだった。
「やはり、射止めたのはその美貌のおかげですか」
あのデボンのパーティーが終わってから、初めての社交の場だった。どうにか報道機関やパパラッチにはデボン広報部がとりあってあの日の一件は落ち着いたものの、それでも、いまだインターネット上には中継動画が転がっているし、SNSや掲示板では面白おかしく書き立てる人間も少なくはない。それに、リーグを盛り上げるために取材と称していくらか報道人もこの場に招かれていること、さらにはリーグスタッフやその他貴族の御令嬢などなど、気の知れた仲だけではなく大勢の人間がいた。
ホウエン地方の歴代チャンピオンであり、そして大企業の子息。さらには容姿端麗、品行方正とつけば、彼の人気と知名度がどれほど高いかなど考えるまでもないだろう。
「それとも、なにか特別なことを」
「いい加減にしなよ、アンタ」
メロンさんとカブさんが私の前に立ちはだかり抗議をしてくれるが、すでに人垣ができてしまっていた。やれ「うわ、ブサイクじゃん」だ「大してバトルも強くないくせに」だ、おまけに「ダイゴさんのこと騙したんでしょ」など。いろいろと騙されたのはこっちなんですけど、と胸中ひとりごちながら、ずっしりとシミの広がるドレスを掴む。
ひと、ひと、ひと。くり返されるシャッター音、向けられる携帯。侮っていた。自分になど興味はないだろうと思っていた。だがこれは、私に対する興味というより、怨み、嫉み、嫌悪。そしてツワブキダイゴという人間への期待と好意。
「ローラくん、ここはぼくたちに任せて」
カブさんが給仕の一人を呼び、逃がそうとしてくれる。しかし、人垣の中から手が伸びてきて、腕を掴まれた。その瞬間強く後方へ引かれ、グラスの転がる汚れた絨毯に打ちつけられた。
「ローラ!」
あっという間に波に飲まれたみたいだった。嘲笑、野次、シャッター、うるさいはずなのに、ひどく静かで。倒れ込んだまま、まるでサニゴーンの霊体に触れたように身動きすらとることができない。
「おや、なにごとですか」
「穏やかではありませんね」
ざわざわ、ざわざわ。「ローラ、立ちな!」メロンさんの焦り顔が向けられる。「ローラくん」カブさんの手が伸びてくる。「調子に乗んな」「いったいどんな手を使ったんだか」「ツワブキダイゴも落ちたよな」「うわ、かわいそ」そうして飛んでくる、グラス。
「――おい、ネズだぜ!」
そんな声がしたのは、べっとりとシャンパンシャワーを浴びた直後だった。
「やだ、こんなところで弾き語り?」
「ウッソォ、ちょー楽しみなんですけど!」
ワッと会場が沸いて、注目がそちらに逸れる。そのあいだに手が伸びてきて、へたりこむ私の腕をだれかが掴んだ。
「ボーっとしてんなよ」
瀟洒な回廊を抜けていく。長い脚で迷いもなく、まるでステップでも踏むように。ようやく喧騒から抜け出し、キバナは私をふりかえった。
いつかと同じように、静けさの宿るバルコニーだった。先ほどまでの纏わりつく熱気がうそみたいで、「ごめん」と茫然とこたえる私にキバナは肩をすくめ、落としてしまっていただろうクラッチバッグを渡してきた。
「大人気だったな」
「あんなに熱狂的になられても、困るっていうか」
まだうまく話せない。ジンジンと耳の奥でさまざまな音が渦巻いている。バッグを受け取り、汚れたドレスのすそを握る。「これ、高かったのに」とぼやけば、くっと喉で笑いをこらえる声がした。
「……なによ」
「いや? ローラはローラだなって思って」
「私以外、私はだれになれるのよ」
鈍く痺れる感覚が続いている。夜風が吹いているはずなのに、それすらもどこか遠い。
ワインにシャンパン、それから冷や汗、体じゅうに膜が張ったみたいで気持ちが悪い。胃のあたりもぐるぐると蠢いて、気を抜けばその場にへたりこみそうだった。
どうにかヒールで大理石を踏みしめ、力なく歩きながら手すりに腰をあずけるキバナの隣へ並ぶ。
もうとっくに人々の記憶から忘れ去られていたと思ったのに、無理やりスポットライトが当たるステージへ上げられて袋叩きにされた心地だろうか。なんて悲劇的な女だろう。灰かぶりか、それとも周りのダイゴファンからみれば私のほうが悪役か。だが、そんな思考すら、被害者じみていて鬱陶しくなる。
――おい、ネズだぜ! あの声はキバナだった。聞き間違えるはずもない、そのあとに続いた声もよく知る人たちの声だった。メロンさんもカブさんも、いろんな人に私は助けられ、守られてしまった。
「……もう、やんなっちゃう」
なにもかも消えてなくなればいいのに、とはこの気持ちだろうか。コオリッポのアイスフェイスを奪うどころか、ディグダの穴に埋まりたい。
彼らが騒ぎを鎮めようとしているあいだ、私は立ち尽くし、転がり、立つことすらできずに、ただうずくまっていただけだった。
「ま、言い返さなかったのは、懸命だったと思うぜ」
「さすがは、炎上に慣れてるプロ」
まあな、とベストに優雅なアスコットタイをつけたキバナが片頬だけでわらう。
「ああいう場では、なにを言っても揚げ足取られるからな。たとえ真実を言ったとして、ネットに載るころには違う言葉になってる」
「事務所を通してくださいとでも、言っておくべきだったかな」
私はべとべとになった手のひらを眺める。恐怖からなのか、不安からなのか、それとも悲しみからなのか、よくわからないがそれは小刻みに震えていた。
「……でも」小さくこぼす。「ほんとうは、言い返さなかったんじゃないの。わたし、なにも、言えなかったの」
ただの副社長秘書でした、とか、そんなんじゃありませんから、とか、出てくる言葉はあったはずだった。けれどなにひとつ喉を突いて出ず、すべての言葉を、音を、ただ受けとめることしかできなかった。
あのときは、確かにただの上司と部下という関係だった。でも、今はちがう。公にはしていないがツワブキダイゴというホウエンを、世界を背負って立つ人とお付き合いをしている。どんな言葉を口にしてもうそになり、たとえ自分に正直であろうとしても火に油をそそぐようなものだ。それに、彼らの言っていることは至極真っ当でもあった。
「バトルだって強くないし、脚だって長くない、スレンダーでもナイスバディでもないし、カルネさんみたいにハッとするような美人でもない。ああ、そうだ、彼らの言っていることは正しいんだって」
彼らの言いたいこと、口にしていなくても目で語っていること、すべてが痛いくらいに理解できた。そう思ったら、私は身動きすらできなくなってしまった。
「オレさまの胸で泣くか」
夜風が吹く。青い空気が生温くてきもちわるい。
「これ以上、炎上は勘弁してほしいかな」
「遠慮すんなよ」
そう言ってキバナは前を向いたまま、長い腕を伸ばして乱暴に頭を撫でまわす。
「やめてよ、せっかくアップしたのに」
「シャンパンでべとべとだぜ。今ならマホイップヘアにできんじゃねえか」
「ほんとう、ツいてない」
王族の別荘地ということもあって、まるで戯曲の中にでも迷い込んだ気分だ。悲劇か、それとも喜劇か。喜劇のほうが断然いいのだけれど。腕から逃れるようにくるりと体を反転させて、しいんと月明かりの宿るバルコニーから外を眺める。
鬱蒼と茂る樹々のあいだからは、ポケモンたちの声がした。今にでもヨマワルがふよふよ顔を出しそうな雰囲気だ。だがその手前の泉では噴水が上がり、銀色の光をあびてあえかに瞬いている。コイキングが跳ね、夜をさまようポケモンたちのオアシスとなる。
プギャア、と遠くで声がして、「あれ、ダンデだろ」とキバナがぽつりとつぶやく。
「治らないね、方向音痴」
「ありゃ死んでも治らないだろうな」
「リザードンも大変だ」
淡々と時が過ぎる。静か過ぎるほどに、胸の奥の渦がかえって際立つほどに。
「泣いてもいいぜ」
ふいにキバナが言った。「強がるなよ」とも。
私を知っている口ぶりだった。たしかに、キバナは私のことを知っていた。
「泣きたいとか、そういうんじゃなくて」
「なら、なんだよ」
……でも、彼の丸みを帯びた低い声にこみ上げる。
「なんだろう、むしゃくしゃする」
私は、悔しいのだ。それまで輪郭が見えずにいた感情が、確固たる形を成して浮かび上がる。自分の不甲斐なさだとか甘さだとか、弱さや醜さ、すべてが苦しくて、苛ついて、もどかしくて、いやになる。
「私じゃ、つり合う女になれないのかなって」
今ここに彼がいたら、きっと難しくなんてなかったのに。気がついた途端、だくりゅうのようにその感情は私を呑み込もうとする。喧噪までも攫って、過去へ過去へ押し流し戻れなくしようとする。胸がくるしい、喉がチクチクする。指先はちりちりして、目の奥がひどく熱い。泣くな。泣くな、泣くな、泣くな、泣くな。
「そういうところだよ」
みっともなく唇を噛み締めていると、今度は目の前に手が差し出された。
「成長しろよな、ローラも」
「なに、この手は」
「スマホ」
ほら早く、とばかりに大きな手のひらが主張する。
「どうして」
「いいから、貸せよ」
そんな横暴な、と思うが、バッグの中から携帯を取り出してキバナに渡した。
「へんなこと、しないでよね」
「するかよ。お、ロック変わってないのか」
「なんで知ってるのよ」
「オレさまの背番号か誕生日にしてんのかなーって観察してたら、ちがうからショック受けたんだよな」
「色気がなくて、ごめんなさいね」
「ま、そんなところがローラらしくて安心するよ」
いくらか操作をして、キバナは再び携帯を返してくる。
「……なんで」
画面に映し出された名前に、キバナは小さくわらって息をついた。いつもの自信家のする笑みではなく、どこか寂しげな笑みだった。
「なんでオレさまじゃ泣かせてやれないんだろうって、今すぐにでも抱きしめてやりたいって思っちまうから」
ほらよ、と押しつけてくる。
「ぶつけろよ。おまえの気持ち」
ツワブキダイゴ、そのたった七文字に心臓が震えてうまくしゃべれなくなる。今日、私がここにいることは彼も知っている。シーソーコンビ――知人のパーティーにお呼ばれしたから、ソニア博士と行ってくる、と前もって伝えてあった。
でも、私が今勝手に不安になっていることを彼は知らない。ずっとずっと胸のうちに燻っていたものも、乗り越えようとして越えられなかった壁も。きっと、今、話したら、声を聞いたら泣いてしまう。だから、困らせてしまう。
「ここにいようか?」
キバナはこともなげに、涼やかな顔で言ってくる。
「……いい」答えると、はいはいと彼は体を起こして、ひらりと手を振った。
「さて、オレさまはネズのところにでも行ってくるかな」
そうだ、ネズさん。今ごろとばっちりを受けて、気の乗らないゲリラライブをさせられているところだろうか。
「ごめん、ネズさんにお礼、言っておいて」
大きな背中に告げると、後ろ手に彼は手をあげて応えた。
画面に触れる指が震える。いつもなら胸を膨らませてそのダイヤルを押すのに、指先がかなしばりにあったようだ。それでもゆっくり息を吸い込んで、画面をタップし、耳に当てる。
「――どうしたんだい」
まもなく、聞こえてきた声。
「ダイゴ」
ああだめだ、と思った。堪えていたものがすべて流されていく。目の奥が溶けだし、喉が、からだが、どうしようもなく震えてしまう。涙があふれて止まらない。
「ローラ?」
嗚咽を洩らす私を怪訝に思ったのか、ダイゴは声をひそめた。私は、ただ告げた。
「私、あなたに釣り合う女になりたい」
みっともなく縮こまり、隠れるような女でも、世間を目の敵にして卑屈になる女でもなく、彼の隣できちんと立っていられる、そんな女になりたい。すこしでも恥ずかしくなく、自分で自分を認められる、そんな女性に、いつかなれるだろうか。
「キミは、ボクには勿体ないくらいの女性だよ」
ダイゴはやさしい声で言う。
「そんなことない」
そう、決してそんなことはなく、私にとってダイゴがもったいない人なのだ。
不安だからと、好きと言って愛を示してと泣きじゃくりたくなる。けれど、それでは結局十代の恋愛のくり返しだ。
「会いたい」涙声で告げる。
「うん、ボクも」
「いますぐ、ダイゴに会いたい」
こんなこと言ったってどうにもならないのに。それはわかっているのに、弱音がこぼれてしまう。すっかり涙で景色は揺らぎ、明るい月も、鬱蒼とした闇でさえ、膜の向こうでぼやけて見える。
「今、どこ?」
「ナックルシティ……からすこし離れた宮殿」
「――の、どこ?」
「ナックルスタジアムが見える方向の、バルコニー」
ダイゴは外に出ているのだろう。風を切る音がする。それから、樹々のあいだを飛ぶホーホーやコロモリの鳴き声、コイキングが水面にたいあたりをする音。
「……いた」
二重に声が響いた気がした。視線を上げると、メタグロスに乗った彼が月夜に浮かんでいた。
「どうして」
「ソニア博士に言われてね。ちょうどガラルにいたから、飛んできたんだ」
そんなこと聞いてない。驚きのあまり止まった涙を華麗にバルコニーへ着地した彼が指先ですくう。
「なにがあったか、聞いたの」
「まあ、おおかた」
見事なワイン模様だ、とドレスを見おろして彼は眉をさげる。
「ごめんなさい、うかつだった」
「謝らなくていいんだよ」
「でも」そこで言葉は遮られた。腰を抱き寄せたダイゴの胸に閉じ込められたのだ。
「ひとりにさせて、すまなかった」
そんなの、私が勝手にパーティーに参加しただけだった。こうなる可能性もあることをもっと考えるべきだった。それでも、彼は私を抱きしめる。
「ひとりで耐えさせて、ごめん」
その音色に堪えきれず、なめらかなジャケットに額をあずける。さわやかな、甘くて青いダイゴのにおいがする。それはどこか大地のひやりとした冷たさを感じさせる清涼感であり、そっと羽毛で包まれるようなやさしさがある。
それを嗅ぐだけで、心が凪いでいく。
「私、自分が思うよりダイゴのこと、好きみたい」
そして、大切だ。彼を応援したい、支えたい、彼の邪魔をしたくない、そう思うならば自分がどう振る舞わなくてはならないか、おのずと答えは出てくるはずだ。
このままこうした状況が続くのならば、私たちの関係が明るみになるのは時間の問題であり、芋づる式にさまざまなことが世間の目に触れる。キバナのことも、ずっと前のことも。彼の足をひっぱりたくないと思う気持ちとはうらはらに、重い枷となるのはほかでもない私だ。しかし、押し寄せる感情が邪魔をする。
あの夜、確かに肩を並べて同じ方向を見据えていたはずなのに、今はもう隣に立つことは難しく、ずっと彼の背を追いかけている気がする。それを知りたくなくて、わざと目を背けて、別の方向へ歩いていこうとした自分がいた。
でも、離したくない。どんなに石を投げられても、ワインやシャンパンどころか酷い誹謗中傷を浴びせられても、今ふれる熱が、彼の香りが、どうしようもなく、いとおしくてたまらない。
「それは、光栄だな」ダイゴは言う。
「たくさん迷惑かけてごめんね」
「ぜんぜん、気にしていないよ。むしろ、こんなの迷惑のうちに入らないさ」
「たぶん、これからもっと迷惑かけると思う」
でも、離れたくないの、そう告げると、ダイゴの腕が強くなった。
思い描いていた理想からはかけ離れている。この先もきっと、理解のある大人のふりをして理性的にふるまうことも思慮深くいることもできないだろう。きらびやかな宝石にはほど遠く、いびつでうす汚れた道端の石だ。けれど、彼はやさしく笑って私を受けとめてくれる。
「臨むところさ」そう、微笑して。
しばらく恋人の逢瀬で心を癒したあと、私はパーティー会場へ戻った。ダイゴは仕事があるからとエアームドに乗って会社に。一人舞台に向かうのは勇気の要ることだったが、涙に濡れた顔を整えなおし、しゃんと背すじを伸ばして一歩一歩絨毯を踏みしめた。
関係者のみのセカンドパーティーに場面が移り変わったのが救いだろう。まずホストであるシルディとソッド兄弟のもとへお詫びをしに向かい、それから助けてくれたメロンさん、カブさん、機転を利かせてくれたルリナやソニア博士のもとへ。心配されたが、「スパイ映画でも撮ったみたい」と軽く笑ってくれた。
「ソニア博士」
彼女は言いたいことに気がついたのか、「間に合ってよかった」と胸を撫で下ろした。
「すごくびっくりした、けど、ありがとう」
「もともと、このパーティーに誘ったのは私だしね。でも、連絡しろって言ったのはキバナさんだから。ダイゴさん、ちょうど、ガラルにいてくれてよかった」
目を瞬くうちに、後ろから大きな影が現れ、頭にずっしりと体重がかかった。
「はー、久々のネズの生歌、最高だったな」
「四分の一も聴いていなかったやつがよく言いますよ」
直したはずの頭の上に置かれたのはキバナの肘で。隣にはタチフサグマを連れたネズさんもいた。
「ネズさん、と、キバナ」
「おい、オレさまはおまけかよ」
「ま、日ごろの行いでしょうね」
気だるく髪を揺すったネズさんに、お礼を伝える。それからもちろん、キバナにも。ネズさんはくすりとも笑わず、請求は商工会を通してお宅の会社にいきますので、と言うものだから、そうですよね、いくらでも払います……と頭がさがる思いだった。結局、冗談ですよ、とこれまた笑わずに返されたのだけれど。
「キバナも、ありがとう」
「貸しイチだな。高くつくぜ」
「気をつけたほうがいいですよ、コイツは獰猛な肉食野郎なんで」
「あーもう、うるさいって」
「ま、女と別れてベソかきながらヤケ酒していた無様なさまは見ものでしたけど」
「だぁから!」
ルリナとソニア博士が笑い出す。そこでホールの扉がバァンと開いて、ようやくダンデの登場だった。「おせぇよ」とキバナが言い、なぜかボロボロのダンデが、「すまない! 気がついたらエンジンシティにいた!」と大きな声で叫んで、また笑いが起こる。
私はたくさんの人に支えられて立っているのだなと思うと、再び涙があふれそうだった。それをこらえて、私も皆と一緒になって笑った。
数日後、デボンコーポレーション副社長であり、元ホウエンチャンピオンのツワブキダイゴから、報道陣宛に一通のファックスが届くのだが、それはまた別の話としよう。
