デボンとマクロコスモス共同制作による新製品の発表が終わり、いよいよメインであるエキシビジョンマッチの時間がやってきた。
参加者であるガラルトレーナー陣のみならず他の来賓やゲストたちがパーティー会場から併設の特別スタジアムに移動し、いまかいまかと試合の開始を待ち侘びる。試合はトーナメント方式であり、手持ちのポケモンは一体、使用アイテムはなしでタッグバトルに挑む。非公式かつパーティーの余興の一つだが、だれひとりとして参加者たちは軽々しい気持ちでこの場にはいない。さすがはプロというか、なんというか、皆、これから始まる戦いが楽しみで仕方ないそんなピリッとするような空気で控え室は満ちていた。
出場するトレーナーはガラルマスターリーグのジムリーダー陣。ついすこし前にリーグが終わってオフシーズンが到来した、気持ち的にはそんな感じだったのにきっと今日という日に向けて調整をしてきたのだろう。
モニターにはすでにヤローくんとマリィちゃん、カブさんとルリナというくじ引きで決まったタッグがそれぞれ相棒を繰り出して開始の合図を待っている姿が映し出される。
ダンデ新委員長が今後開催するガラルスタートーナメントの前哨戦として、国内外から注目されている――そんな司会者の言葉がひりひりと背すじを伝う。なんだってそんな大事な場面に私が、と肩を落としそうになるが、今さらそんな泣き言を言っている場合でもない。だって、もう私は、ひとりじゃない。そう、けっして、ひとりじゃないのだ。
試合開始の合図とともに聞こえてくるのは選手たちの高らかな声と割れんばかりの歓声や興奮したアナウンス。シュートスタジアムほどではないがそれでもデボンの施設は立派であり、様々な音が轟くそんな環境に足が竦む。それでも拳を握り、凛と前を見据えてツワブキダイゴという男の隣に立つ。
一回戦、二回戦、とトーナメントは続き、次の三回戦。カブ・ルリナ組と、マクワ・サイトウ組を破ったダンデ・キバナの対決。勝ったどちらかが私たちの相手になる――ゲストだからとちゃっかりシード扱いらしいのは、正直重荷だ。だが、空を飛び回りドローンロトムが届けてくれる白熱したバトルからは目が離せない。
ほのおとみずという組み合わせを美しくたくましくバトルに昇華させるカブさんとルリナ、怒涛の猛攻と巧みな戦術で相手を気圧するダンデとキバナ。
やがて戦いに決着がつく。
「いよいよ次だね」
袖口のカフスを整え、彼は薄く唇を引く。こくりとうなずき、どうにか唾を飲み込むと、フィールドへの通路に二人で並んだ。
「この瞬間を待ち侘びていました、ダイゴさん、そして――ローラ!」
最後にこの皓々と目映いライトの当たるフィールドに立ったのはいつだっただろう。見上げる先にはいくつもの視線が熱気と絡み合い、渦となり、とてつもない怪物に見えた。耳をつん裂く実況、怒声、歓声、うねりを上げる数多の声。ああ、寒気がする。それと同時に、酷く血潮がめぐり、生きている心地がする。
静まり返ったスタジアムとはちがう、響き渡る轟音。そして渦巻く苛烈な熱。
理解してきたつもりだった。ここがどんな場所か、どれほどまでに酷な環境か。だが、やはり壁を隔てた先の世界だったのだと痛感する。
立ちはだかるのは、オーナー服に身を包んだダンデとそしてジャケットにサングラス姿のキバナ。先ほどまで激戦を繰り広げていたとは思えぬほどの、涼やかな面持ち。
「どんな気分だ、ローラ」
今にも胃がひっくり返って吐きそう、などとジェスチャー付きで伝えるわけにもいかず、ツンとあごを上げてモンスターボールを撫でる。
「懐かしい、この感じ」
ダンデはからりと笑みを浮かべる。
「そうだな! オレも懐かしいぜ!」
相変わらずだなと息をつきたくなる。昔から今までずっとまぶしい少年みたいなひとだ。
だが、その隣、キバナの表情はかたい。
「うねる歓声、響くアナウンス、迫り来る熱とプレッシャーと、それとはうらはらに沸き立つ細胞」
気持ち悪い。けれど、目を閉じ、耳を澄まし五感を冴え渡らせる、その瞬間に全身を巡る感覚は思いのほか心地よい。
「――はやく戦いたいって、この子も言ってる」
手にとったモンスターボールがトンっと揺れる。それを見ていた彼がふと微笑む。
「奇遇だね、ボクもだよローラちゃん」
正確には、早く戦ってこの弾けそうな心臓を鎮めたい、ですけど。小さく彼にしか聞こえないくらいでぼやくと彼は肩をすくめた。
『さあ、本日最後の戦い、フィナーレを飾るにふさわしい王者同士の激闘となるでしょうか!』
熱のこもった声が響く。ダイマックス部門の先輩だ。そろそろ本職を実況アナウンサーとかに変えたらいいんじゃないかと息をつき、そしてぐっと唾を飲み下して私はキバナを見据える。
『ガラルを誇る伝説級のタッグ、ダンデ・キバナ! そして対するホウエンの刺客は、我らがデボンの星、ダイゴ副社長、そしてパートナーである女性はダイマックスラボ出身のローラ研究員! 果たしてどんな戦いを見せてくれるのか!』
言いたいことがある顔だ。だが彼も素人じゃない。かけていたサングラスを手にとると、胸もとに差し、ピッチリと上げた髪を今一度整えるように手で撫で上げた。
「かかってこいよ、ローラ」
そして、火蓋が落とされる。
「リザードン、エアスラッシュ!」
「メタグロス、まもれ!」
烈しいぶつかり合いが起こる中、キバナはストーンエッジを。私は強大な岩壁を前に相棒に叫ぶ。
「ゲンガー! かわしてそのままこごえるかぜ!」
気さくな彼はまるでダンスでも踊るかのようにステップを踏んで、砕けた石片をもひょいひょいと避けていく。そうして着地する前に凍てついた風を会場に吹かせた。
「いいよ、ローラちゃん」
「こんなの、フツウですから」
「そうだね、いつもどおりのキミだ」
鋭い刃のような冷気で相手の動きを鈍らせる。そのうちにジュラルドンの間合いまで詰め込んで、放つのはきあいだまだ。しかし、当然そんな単純な行動が読まれていないわけがない。猪突猛進とばかりに飛んだ弾をジュラルドンはストーンエッジで相殺する。凄まじい勢いで粉砕した岩壁が疾風となり砂礫とともにドレスの裾を攫っていく。
ここまでは予想通り。むしろキバナは明らかにいつもの攻めの姿勢をやや緩めているくらいか。女だから? 元恋人だから?――でもそんなふうに人を、トレーナーをはかる人間じゃないって知っている。なにか考えがあるのだろうか。もしかしたら、私が動き出すのを待っているのかもしれない。
それならば、動き出すまで。
『おっと、ローラ選手なにを思ったか靴を脱ぎ始めました!』
そんなことまでいちいち実況しなくてよろしい、と実況席を睨みたくなるが、無視をして裸足でフィールドに降り立った。勢いそのままにゲンガーに向けて声を張り上げる。
「ゲンガー、今一度こごえるかぜよ!」
息を吸い込んだ相棒が飛び上がり強く風を吹かせる。威力自体はさほど強くない。彼らにとったら擦り傷にもならないだろう。それでも、向かい風を起こす。今は、やることがあるから。
「ローラ、もうその手は効かないぜ!」
対抗するようにストーンエッジを使い、リザードン、ジュラルドン、両者に岩壁を設け、風を遮る。くっと奥歯を噛み締めゲンガーを下げ、すばやい動きできあいだまを放つが、さすがに命中率が悪い。
「ジュラルドン、アイアンヘッド!」
「ゲンガー、回り込んでかわすのよ!」
「もう一回いけるかジュラルドン!」
「動きを止めないで、そのまま加速して相手を撹乱!」
吹きつける風、ドレスの裾が足に纏わりつく。激しさを増していく戦いを象徴するようにフィールドからは地響きが足の裏に伝わってくる。
素早くフィールドを飛び回っていたゲンガーだったが、途中ストーンエッジを食らい吹き飛んでしまった。それをメタグロスが受け止め、体勢を立て直す。しかし悠長にしている場合ではない。すぐにリザードンのエアスラッシュが繰り出され、ゲンガーのこごえるかぜで風を押し返す。
まさに、両者ともに一歩も譲れぬ戦いだった。
「メタグロス、サイコキネシス!」
「リザードンかえんほうしゃ!」
『おっと両者の力が拮抗! これは凄まじい威力です!』
燃え盛る炎と光線がぶつかりあう。双方一歩も引かず、あわや大爆発。その間にも姿勢を低くドラゴンのように構えたキバナがゲンガーと私をとらえ、ジュラルドンがストーンエッジで行く手を阻む。――ここからだ。
岩壁をかわし、宙に浮かんだゲンガーを引かせそのまま次のわざへ切り替える。すぐ隣で拮抗したわざのぶつかり合いが赫灼の閃光を放つ――。
「ゲンガー! ヘドロウェーブ!」
押し寄せるヘドロの波。会場一体に重々しい空気が漂い、そのままフィールドを飲み込んだ。
「ローラちゃん、助かったよ」
「貸し、イチですから」
ねっとりとした風が頬を撫でる。ヘドロの中からメタグロスが飛び上がり、鳴き声をあげる。
『これぞ、タッグバトルの胡椒味! ローラ選手、みごと爆風を浚い窮地のメタグロスを救いだしたァァアア!』
一瞬の凪がフィールドを支配したのもつかの間、熱気が押し寄せる。
力で勝てないことはわかっていた。残念ながら、私の力量不足だ。キバナのジュラルドンに比べるとどうにも私の育成量は劣っている。わかってる。わかっているのだ。だったら、いかにこのタッグバトルという特性を活かすか。
ゲンガーを選んだのにもその意図がある。スピード型に特化したこの子を単純なアタッカーに回させず、うまく立ち回らせる。ダイゴさんには渋られた。それがキミの本当にやりたい戦い方なのかい、と何度も言われた。
でも、その度、これは一人で戦うのではないのだと答えてきた。
「くそ、厄介だな」
「キバナ、どうやら涼しい顔はしていられないようだぜ」
「ああ……」
鋭いキバナの碧い光線がわたしを射抜き、伏せられる。だがそれも一瞬。
「ジュラルドン、ドラゴンクロー!」
「ゲンガーかわして、きあいだま!」
「メタグロス、ラスターカノン!」
「リザードン、ソーラービーム!」
何度となく入り交じる猛攻。その最中を俊敏に飛び回りながら、ゲンガーはきあいだまを放つ。しかし、ジュラルドンとて反撃に余念がない。
「ゲンガー、恐れずに続けてきあいだま! あなたならやれる!」
力で掻き消されたそれを今度は威力を半分にして何度も投げさせる。それをジュラルドンはその身に受けつつ、皓々と瞬くはがねいろのボディで往なしていく。
「おもしろくなってきたな、キバナ! ここは譲るぜ!」
横目で合図を交わした瞬間、キバナがホルダーからボールを手に取るのが見えた。
『おっとキバナ選手、もしやここで――』
「恩に着る、ダンデ! ジュラルドン戻れ!」
そしてジャケットを脱ぎ捨て、腕のダイマックスバンドを光らせた。
「ダイゴさん!」
目を見合わせた先で彼が微笑む。
腰につけたホルダーからひとつボールを取り出して相棒を戻した。そのまま腕のバンドにそっとボールを添えて、ポワンと大きくなったそれに願いを込めるように額をつける。
「おねがいね、ゲンガー」
任せろ――そんなふうに声がする。
私は勢いよく、天に向かってボールを投げた。
