コン、カン、コン、カン、意気揚々と金属が岩岩肌を打つ音が聞こえてくる。リズムよく刻まれるそれは、まるで岩と金槌のシンフォニーを楽しむ特別コンサートにでも招かれたかのようだ。
さて、本日の道先案内人である私は、現在、断崖絶壁に近い岩へと立ち向かう一人と一匹の背中を見つめ、茫然と立ち尽くしていた。そう、しがないOLを特別秘書に召集したくせに、副社長はすっかり目の前の岩肌を削ることに夢中だった。もちろんココドラも同様で、このままでは二、三時間は採掘タイムといったところだろう。その取り憑かれたような姿に一種の寒気を感じつつ、一定のリズムを刻む音を右から左に流す。
コン、カン、コン、カン――ところで、石って素人が採掘をしても大丈夫なのか。うっかり掘り進めていわなだれ、あやうく生き埋めの大惨事! という展開になったりしないだろうか。一抹の不安が脳裡をよぎるが、彼らには一切届きはしない。
コン、カン、コン、カン、耳触りだけは大変よろしい。ただ、そのあいだ秘書は手持ち無沙汰なわけである。
「……ヘイロトム、副社長秘書のオシゴトって調べて」
ふよよよん、と飛んで現れたスマホで検索を掛けてみるも、ワイルドエリア石掘りツアーを敢行する仕事など書いてあるわけもなく。それはおろか、ちょっといかがわしい動画ばかりがでてきてしまって気分がさらに下降した。ブレイブバードも目ではない勢いだった。そっとロトムを閉じて、私は副社長の背中を半ばじっとりと眺めた。
ほんとうに、私ってば、この道案内のためだけに異動させられたの? 湧いてくるのはそんなことばかり。ムゲンダイナ事件やチャンピオン代替わり、それからローズタワー改築、ダイマックスポケモン大暴走、まさしくガラル支社はめまぐるしく動き回っていたところだった。ソニア博士と一緒に新たな研究チームを組んだり、そのプロジェクトリーダーになったり、先週だって、キョダイマックスカビゴンと通常のカビゴンの生態系の違いを調べて、その報告をまとめて部長に提出していたじゃない。
考えているうちにどんどん虚しくなって、目の裏がぎゅっと熱くなる。こんなところで泣くもんかとどうにか堪えるが、同時に今度は怒りが込み上げてきた。
殺されかけた挙句、地位と名声を失い――と言うと大げさに聞こえるかもしれないけれど、とにかく未来が明るい一社員としての尊厳を失い、わけもわからない男に翻弄され、ワイルドエリアで野放しだなんて。
「……私だって好き勝手してやるんだから」
ほんとう、私の人生、散々だ。ストーンズ原野の岩をくまなく採掘し尽くさんとばかりにのめり込む彼の背中に小さく吐き捨て、私はミミッキュを探すべくハシノマ原っぱへと向かった。
ミミッキュ――それはフェアリータイプのポケモンであり、特性「ばけのかわ」により最初の攻撃を受けないという、一部では最強とのうわさも高い秘密兵器だ。否、兵器などと言ったら失礼か。その見た目はまるでピカチュウのかぶりものをまとっているようでなんとも愛らしく、さらには身長が約0・2メートル。それを知ったとき、思わず天をあおいだのは私だけではないはず。
なんといってもフェアリータイプはドラゴンタイプにうってつけ。……な点が、ミミッキュゲットを後押ししたことはここだけの話。
今日の天気は一面の霧。いくら天気が変わりやすいワイルドエリアとはいえ、濃霧が出る日はめったにない。しかも、ミミッキュは霧が発生したタイミングでしか会えないポケモンだ。どれほどこの時を待ち侘びていたことか。
「……今日こそ、捕まえるんだから」
山岳スタイルなのをいいことに、地面にうつ伏せになっていわゆるほふく前進で草むらを掻き分ける。草陰に隠れてしまうほど小さいので、これくらいしなければ見つからない、とポケッターで見かけたのだ。当然ながらミミッキュ以外の野生ポケモンも生息しているが、幸いこのあたりに出てくる子たちなら私の手持ちでもどうにかなる。
洋服が泥まみれになるのもいとわず、草むらをくまなく探す。池からエンジンシティ方面へしばらく進んでいくと、黄色いなにかが横切った。
「いっ……」大きな声を上げそうになって、慌てて口を押さえる。生い茂った緑の隙間から覗く、くすんだイエロー。ぴょん、と立った片耳に奇妙な顔。
間違いない、ミミッキュだ。
「私はきみを捕まえて、育てて、ドラゴンタイプなんて目じゃないくらいの凄腕トレーナーになってやるんだから」
と、子ども時代の夢もとうに忘れ、第二の人生を歩み始めている私は気がつかなかった。後ろから忍び寄る、大きな影に……。
地面を摺りながらあとすこしのところまでどうにか近づく。ここからが問題だ。不意に攻撃を仕掛けてしまっては逃げられる可能性があるため、できるだけ穏便に事を進めたい。そう思い、私はポケットに忍ばせていたポケフーズを用意する。
「ミミッキュちゃん、こっちだよ」
はたから見れば怪しさ百倍ということは、この際置いておくとする。ポケフーズを一粒投げると、ミミッキュはたちまちそれに興味を示した。
やった、と飛び上がりそうになるのを堪えて、ポケフーズを絶えず投げ続ける。すこしずつ距離が縮まって、地面すれすれのところでぽちっとした黒い瞳と目があった。
思わず、息をのむ。
「……あのね」
そっと切り出した。
「私、あなたが欲しいの」
対人間だったならば、とんでもない口説き文句だ。ただ、ミミッキュはみじんも興味を示さず、ポケフーズをもぐもぐしていた。
「よかったら、一緒に来てくれないかな」
あなたと強くなりたい、その想いを込めて手のひらに賄賂――ちがうこれは友情の証だ。とにかくポケフーズを手に載せて差し出す。また一歩、また一歩、とくすみイエローのかわいい生き物が近づいて、ついに距離がゼロになった。
「……仲よく、してくれる?」
声はない。だが、おそるおそる手のひらから賄賂を受け取ったのが、なによりの証拠だろう。ミミッキュ、きみに決めた! 心の中で感動の叫びを上げてニンマリ微笑む。
一見、上のピカチュウフェイスに口があるのに、その「ばけのかわ」の下でもぞもぞなにかが動くのが可愛い。手のひらをくすぐる感触は優しくて、この子の性格はなんだろうなとつい観察する。
「よし、モンスターボール……っと」
食べ終わったのを確認して、ボールを取り出す。放り投げることはせず、そっとミミッキュにかざせば、淡い光が放たれその姿は見えなくなった。
「ミミッキュ、ゲットだぜ!」
……である。今すぐにでも原っぱを駆け回りたい気分だけれど、いい歳をした大人なので、のっそりひっそり地面から起き上がる。
今まで仕事があって、なかなかタイミングよく出てこられなかったからよかった。副社長に感謝しよう、心の中で。そんな調子のいいことを思いながら、体についた泥を払いモンスターボールをしまう。と、目の前に大きな影が落ちてきた。
「え……?」
おもむろに顔をあげた先に現れたのは、なんと両腕に自分の体ほどのコンクリートの塊を持ったポケモン。
「ローブ、シン……?」
ドッコラーの最終進化系、コンクリート技術の祖であるローブシンだった。しかも、軽く腕をあげたらそのコンクリートの餌食になってしまいそうな距離にお互い立っている。
かなり大きな塊を抱えているというのに、低い姿勢でこちらを窺う様はまるで仙人だ。かくとうタイプのポケモンは物理攻撃の威力が凄まじいとはよく言うけれど、この距離で「きあいパンチ」でも喰らったらひとたまりもない。
普段はエンジンリバーサイドにいるはずのポケモンだった。どうしてここにいるのかはわからない。とにかく、はやく動きださなければならなかった。しかし、さいみんじゅつをかけられたように手も足も動かない。ローブシンはどうやらムシの居所が悪いらしくその窪んだ目がぎろりぎろりと振り子のように揺らぎ、やがて私を捉える。
どうしよう――はやく、はやく、ポケモンを出さなきゃ。
ドスン、と地響きを立てて近づいてくる。筋肉隆々とした腕を振りかぶり――あぶない! 目をつむろうとした、そのときだった。
「メタグロス、コメットパンチ!」
勢いよく、目の前に彗星が駆ける。
ローブシンが瞬く間に吹き飛ぶ。かくとうタイプにこの技はさほど強く効くわけじゃないのに、声が出なくなるほどの威力。烈しい閃光が網膜を灼きつける。目の底に、延々と残像が刻まれる。
「大丈夫かい」
いつのまにか尻もちをついていた私に向けて、その光の中から手が差し出される。華奢そうな見た目とはうらはらに意外と大きな手のひらだ。
「……採掘は、終わったのですか」
ああ、なんて私は大馬鹿なんだろう。なぜか口をついたのはそんな言葉だった。
「うん、終わったよ」
色違いの大きなメタグロスを携え、副社長は笑う。その顔は、さながらお気に入りのおもちゃを手に入れた無邪気な子どものようでもあった。
