翌朝、朝食を終えた一行は道具や装備を揃えて出発することとなった。
薄緑のワンピースは宿のゴミ箱に捨てて、エアリスとティファに見繕ってもらった空色のブラウスに白いスキニーパンツ、それから茶色いショートブーツを身につけると、自然と気持ちが引き締まる。新しい服や靴というのは、それだけで気分を上げてくれる。それから、腹部にコルセット型の革製の防具をつけて、腰にはダガーホルダーを巻くと、いかにも、この世界らしい装いの出来上がりだった。
「ミツキ、いい感じ」
先に町に出ていたティファと道具屋で落ち合うと、ティファは美月を見るなり微笑んだ。
「なんだか、本当に旅に出るんだなって、感じですね」
こそばゆくなって美月もおなかのコルセットを撫でながらはにかむ。
「そうだよ。旅に出るんだよ。だからしっかり備えとかなきゃね」
アイテム袋を掲げるティファの隣に並んで、中を整理するために取り出していたアイテムを半分請け負う。青い小瓶はポーション、青と緑のクラウドの瞳の色に近いようなエメラルドブルーの小瓶はエーテルだったか。
「ティファ、ポーションいくつ持ってるっけ? あ、ミツキ、おはよう」
店主と話していたエアリスが声をかけてくる。美月もおはようと返した。
「えっと、確か五個はあったかな。次の町までどれくらいかかるかわからないけど、もう少し買い足してもらってもいい?」
「じゃ、おにいさん、ポーションをあと五個とフェニックスの尾、毒消しももらおうかな。あ、目薬と鎮静剤も追加でお願い!」
朗らかなエアリスの雰囲気に呑まれて、よっしゃおまけしてやる、と豪快な店主に、やったね! と女性陣は目を見合わせた。
「それはなにに使うの?」
美月はエアリスの手に抱えられた赤と金の鳥の尾羽を見て言った。
「これはフェニックスの尾って言って、戦う力がなくなっちゃったとき使うの」
「ポーションとはちがうんだ?」
「うん。なんていうかな、ポーションよりももっと強力。倒れちゃったときとか、意識失っちゃったときは、これが効くんだ」
ポーションの類はよく使っていたのでいいが、フェニックスの尾を真近で見るのは初めてだった。エアリスが一つ手に握らせてくれたので照明に翳してみると、クジャクの羽のように鮮やかに光を反射した。
「そっか、ミツキの世界にはこういうのもないんだもんね」
片目を閉じてそれをまじまじ眺める美月にティファがアイテムをしまいながら言う。
「そうですね。漢方薬とか、ハーブとか、もしかすると鳥の羽も治療のために煎じることもあるかもしれないですけど。なんだか新鮮でいいですね」
初めてポーションを口にしたときは驚いたとともに正直感動したものだ。ゲームの世界のように疲労に効く特効薬があるとはにわかに信じがたかったが、口にしてみると実際にじんわり気怠さが消えていくのだ。ミッドガルからカームへの移動でも、何度世話になったことか。
頬を緩めてエアリスにフェニックスの尾を返すと、今度は丸みを帯びた青と赤の小瓶を手渡された。
「これは?」
「これは、鎮静剤と興奮剤。よく病気の治療とかにも使われるんだよ。元気ないときは興奮剤を飲むとよくなるよ」
「名前のとおりね」
鎮静剤はいいが、興奮剤という名前は少しばかり抵抗感を感じなくもない。あえて口にすることはなかったが、美月は肩をすくめて苦笑した。
「アイテムはそろったか」
そこに、クラウドがやってきた。
「うん。こっちはばっちり。そっちは?」
「今、レッドとバレットが武器を揃えている。じきに終わる」
「そっか。それならもう少ししたら出発、かな?」
「ああ、黒マントの男が東の草原へ向かったという情報も得られたからな」
エアリスと話していたクラウドがちらりとこちらを見た。
「どう、美月の格好」
エアリスが目敏くそれを見つけて美月をクラウドの前に押しだす。その拍子に手の中から薬剤が飛び出していったが、クラウドがそれを難なくキャッチした。
「すみません」
「ああ」
ぺこり、頭を下げてそれを受け取ると、隣で、もう、とエアリスが頬を膨らませた。
「なんかないの、クラウド!」
なんか、と言われても、といった顔でクラウドがじろじろと眺めてくる。その視線は正直心地悪かったが、やがてダガーのところで止まるのを見て、美月は薄く微笑んだ。
「……まあ悪くないんじゃないか」
やれやれ、と肩をすくめるのは余計だが、反応がもらえただけよしとしよう。「悪くない? せっかくティファとわたしが選んだのに!」と腰に手を当ててぷりぷり怒っているエアリスをよそに、クラウドは踵を返して道具屋から出て行った。
それを追いかけてエアリスも外へ出たあと、美月はティファの顔がどことなく沈んでいることに気がついた。
「ティファさん?」
指摘してもいいのか迷ったものの、具合が悪いのなら心配だ。そっと顔を覗きこむと、ティファはハッとしたように肩を揺らした。
「ミツキ……えっと、なにかな?」
「大丈夫、ですか?」
このタイミングでそう訊くのは適切じゃなかったかもしれない。だが、じっと赤褐色の目を見つめると、ティファは一瞬泣きそうに顔を歪めたあと、クラウドたちが消えていったドアを見つめた。
「ミツキは、クラウドのことどう思う?」
美月はその視線をちらりと追いかけたあと、ティファの横顔に目を戻した。
「どう、ですか」
その、どう、の中になんの情報を求められているのか考えあぐねる。クラウドの印象のことを答えればいいのか、それとも、彼に対して抱いている感情を打ち明ければいいのか。
ティファは昨晩、話の際にも見せた不安げな顔をしていた。
「よくわからないひと、ですかね」
美月はひとつひとつ言葉を噛みしめるように言った。
「そっか。クラウドの表情、わかりづらいもんね」
「そうですね。でも、もっと根本的な問題かもしれません」
ティファは消えた残像を追いかけるのをやめて、こちらを見た。
「だって、よく考えたらわたしはクラウドのことなにも知らないんです。どんなふうに生まれてどんなふうに育ったとか、なにが好きで嫌いか、とか。故郷の話も昨日はじめて聞きましたし。そんなことを言ったらお互い様だとかむっつり言われそうですけど」
やれやれ肩をすくめると、苦く強張っていた頬が微かに緩んだ。美月はそれに安堵しながら、先ほど買ったアイテムを袋の中で再び整理する。ポーションの小瓶がとぷりと揺れる。
「ティファさんにとって、クラウドって、どんなひとですか?」
今度は美月が訊ねてみた。
「……私も、よくわからない」
ティファはグローブの手をぎゅ、と握ると長い睫毛を寂しげに伏せた。
美月と同じくクラウド自身のことを言っているのか、それともティファの抱いている感情を言っているのか。はたまた、ティファのその言葉はどちらに対する答えでもあるように思えなくもない。幼馴染の二人には、どこか切っても切れないような見えない糸が繋がっている。ティファの言うことならクラウドは聞き入れることも多かったし、その逆もまた然り。だが、美月はそれだけしか知らなかった。この世界に来てから、ここに至るまでの数日。それだけの情報しか、自分の中にはない。きっと彼女が考えている以上に、複雑ななにかが二人には隠されているのだろう。
「変な感じするの」
ティファが弱々しく呟いた。
「変な感じ?」
「うん、うまく、言えないんだけどね。すごく、いやな、変な感じ」
わかるようで、よくわからない。その不思議な勘が働くことはよくあったが、あくまで昨夜美月が感じたのは、セフィロスに対するもので決してクラウドに対するものではなかった。きっと幼馴染の彼女だから、気づく些細な変化に違いない。
不安げなティファの背を美月はとん、とん、と撫でた。
「きっと、ティファさんがいる限り、クラウドはクラウドですよ」
人は、それまで付き合ってきた人や過ごしてきた環境、それこそ生きてきた人生そのものによって形づくられるという。誰かの心の中で生きている過去の人間が、もしかすると、今その人の礎になっているかもしれない。だから、クラウドが生きていたことを知るティファがいるなら、きっと、彼は彼でいられる。
その存在がいない場合は、どうなるのだろう。ふと思ったが、そこまでは考えるのをやめた。この世界で美月を形作るものはなにもない。自分以外は――なんて。ぽっかりと心に空いた穴がスースーする。だが、美月はそれをおくびにも出さず、微笑んでみせる。
「わたしは、ティファさんがいてくれると、なんだか心強い気がします。異世界からきた怪しい女の言葉をティファさんはちゃんと聞いてくれましたし、洋服も貸してくれて、バレットさんやクラウドに何度も説明しようとしてくれましたよね。わたしはすごく、ティファさんに救われたんです」
ティファさんがいなければ、わたしたぶんセブンスヘブンで死んでいたと思います、と言うと、ティファは困ったようにだが薄く笑った。
「そんなこと、ないよ」
美月はかぶりを振った。
「きっと、クラウドもそうだと思いますよ」
ね? とティファの引き締まった背をもう一度、とん、と撫でた。
気丈に振る舞ってはいるが、不安に違いない。これから始まる旅のこと、過去のトラウマとの対峙、それから、その先に待ち受ける結末。複雑に入り混じったそれを解く術を持っていないことを悔やみながら、それでも美月はティファの温度をひしと感じる。
彼女がコルネオの館へ行ったと知ったとき、美月はただ成り行きでそこへ飛び込んだ。今は違う。純粋に、目の前の彼女を救い、元気づけたかった。
「ああもう」ティファがぎゅっと目を瞑って、大胆に息をつく。
「ミツキってば、もっといやな女の子だったらよかったのに!」
まだ沈んだ余韻は残っているが、ぐんと明るくなった声に美月は笑う。
「大丈夫、そんな、いい人間じゃありませんよ」
「そんなことない。やっぱり、あのときミツキを信じて、間違いなかった」
あのとき? こてん、と小首を傾げると、ティファはバッと顔をあげて、恥ずかしそうにはにかんだ。
「あのね、ミツキ。手を握ってもらってもいい?」
「手?」
「うん。あ、いやだったら、言ってね?」
「まさか」
体の横に落とされたままのティファの手をぎゅっと握る。憂いを帯びたそれは、幾分か強張っていたが、やがてゆるゆると力を失い、また、新たに力を手に入れた。
「不思議、ミツキがこうしてくれると、なんだか安心する気がする」
「そう、ですかね」
「プレートが落ちる、ってなったときも、背中を撫でてくれたでしょ? あれ、すごく、心地よかったんだ」
「あれしか、できることがなかったんですけどね」
「もう、謙遜しすぎ。そうだ」
手の繋がりが強くなる。ティファの手は温かい女の子の手だった。
「名前、私のことも呼び捨てで呼んで。それから、敬語もナシ!」
いつもよりもあどけなく笑った彼女に、美月もこっくり頷いた。
「ティファ、よろしくね」
このとき、彼女の抱く真の違和感がなんだったのか、美月は知る由もなかった。
*
「それじゃあ、なにかあったらPHSで連絡とりあおう。とりあえず、東に向けて進めばいいんだよね?」
いよいよカームを出発となった。神羅に狙われているエアリスと美月を中心にミッドガルを出たときと同じ二手に別れ、まずは、その東、グラスランドエリアへと向かう。
「ああ」とクラウドはエアリスから手渡されたPHSをズボンのポケットにしまい込むと、先に出発する仲間たちを見渡した。
「くれぐれも黒マントの男には気をつけてくれ」
いつセフィロスに遭遇してもいいように、皆アイテムや装備は万全だ。
「おう任せろ」
意気揚々と腕を鳴らしたバレットは、背を向けるとドシンドシンと物音を立てるようにして歩き出す。相変わらず立派な背中だ。だが、すぐになにかを思い出したように戻ってきた。
「どうかしたか」眉をひそめるクラウドをよそにバレットは美月のもとへやってくる。
「ミツキ」
まさか自分に用があるとは思わず、美月は目を瞠ってバレットを仰ぎ見る。
「どうか、しました?」
「いや……なんだ、その……ほらよ」
バレットは難しそうにもごもごと口元を動かしたあと、なにかを突き出してきた。これは? と躊躇う美月の手に、無理矢理それを握らせる。
「これつけて、ちったぁ大人しくしてろよ。クラウドがくたばっちまうからな」
銀色の腕輪だった。ダガーと同じく装飾の美しい、太めのバングル。
「えっと、わたしに?」
「それしかねぇだろ! ほら、つけたつけた!」
相変わらず、声が大きくて口振りは粗暴なバレットにその顔はどこか照れているようにも見える。ふふ、と笑みをこぼしながら言われるがままに美月はバングルをつけた。
「あんなこと言って、バレットも素直に心配だって言えばいいのにね」
「ねえ、ほーんと男のひとって」
とティファとエアリスが呆れている声がする。チッと舌打ちをするバレットだったが、美月に向き直ると小声でボソッと続けた。
「その、なんだ。マリンのこと、ありがとうな」
美月はゆるりとかぶりを振る。
「わたしは、できることをしただけです。バレットさんが、無事マリンちゃんと会えてよかった」
「ケッ、バレットさん、なんてやめろやい」
くるり、踵を返してバレットはティファたちのもとへ向かった。
「バレット、ありがとう! クラウドをくたばらせないようにがんばる!」
大きな背に向けて叫ぶと、左腕が青空にあがった。
「俺の前にアンタが先にくたばるんじゃないか」などと、すぐ近くからすげない言葉が飛んできたが、美月は柔らかな表情で、そうかも、と腕にはまった存在を撫でたのだった。
かくして、一行はカームを出てグラスランドエリアへと向かうことになった。
「おや、いいダガーを持っているな」
後方を歩いていたレッドが美月の腰元を見て片目を細めた。
「クラウドが、念のために、って」
美月はちらり前に視線を送りながらダガーをぽん、と鞘の上から叩く。ずっしりとした重みが今は心地がいい。
「そうか。備えるに越したことはないからな。マテリアはなにを?」
「マテリア、つけてないんです」
レッドは一瞬、きょとん、とした顔をした。
「実は使ったこと、なくて」と美月が肩をすくめると、レッドは長い尻尾をゆるりと揺らして、なるほど、と低く唸った。
「では、試してみたらいい」
早速、クラウドによるレクチャーが始まった。
カームより東へ小一時間。ミッドガル周辺は草木も生えない灰色の大地だったが、すっかり当たりは青々とした匂いに満ちた雄大な自然に囲まれている。雲一つない青空の下、モンスターの出てこなさそうな開けた場所で、美月はクラウド、レッドと対峙していた。
「アンタのダガーは、あくまで護身用だ。刃も通常より短く、重さも軽量化されているから、殺傷能力は低い。だが、使いようによっては相手に致命傷を与えることもできる」
まずはダガーの使い方からだ。すらすらと述べるクラウドとは対照的に美月は困り顔を浮かべる。
「……むずかしいことは、できないとおもうの」
「わかってる」
クラウドは美月の腰元のホルダーを左から右に移すと、「これで抜いてみろ」と言った。
「こう?」
美月は右利きなので、その位置からダガーを抜くとなると、少々やりづらい。想像どおりに剣士が剣を抜くときのように順手にダガーを構えるつもりでいたが、クラウドにいわれるがまま、逆手にダガーを抜いた。
「そうだ。いざとなったら、これで相手を刺す」
クラウドが美月の手を握り、自分の腹へと突きつける。
「ちょっと!」と美月が動揺して、手を引っ込めようとするが、クラウドはかえって力を強めた。
「……真面目にやれ」
「真面目にやってる! でも、クラウドが怪我しちゃう!」
「アンタにやられるほどヤワじゃない」
「それは、そうだけど……」
言葉に詰まる美月を無視してクラウドは続ける。
「とにかく、なにかあったときは、こうして思い切りダガーを突き立てるんだ。いいな」
ダガーをもう一度戻し、それからまた抜いて構える。美月は恐々としてダガーの切っ先がクラウドに向くのを見ていたが、大きな手に力を預けて何度かそれを繰り返した。
「でも、この抜き方、なんだか違和感ある」
「慣れれば問題ない」
そうだけど、とふたたび口もとをもごつかせると、見ていたレッドが言い添えた。
「逆手のほうが、力をこめやすいんだろう、クラウド」
「ああ。わかりきったことだが、アンタには力がない。戦闘においては倒すことより、敵の動きを少しでも止めるのがアンタの役目だ。そうすれば俺たちが助けに入れる」
「だとよ、お嬢さん」
力がなくてごめんなさいね、という言葉は呑み込んで、美月は不承不承こっくり頷いた。
ダガーの基本的な構えから使い方を学んだあとは、いよいよ本論に移った。クラウドの手には、緑色の珠が握られている。エメラルドのような、魔晄のような、不思議な色合いだ。
「元来、マテリアには古代種の知識が封じ込められている」
それが、クラウドたちの言うマテリアだった。
「古代種の知識……」
「ああ」
クラウドは頷き、手にした緑珠を美月に差し出した。
「大地、星の力を自在に操る知識だ。その知識が星と俺たちを繋ぎ魔法を呼び出す、と言われている」
「星とわたしたちを繋ぐ……」
「まあ、これは神羅が魔晄を凝縮し、人工的に創り出したものだがな」
手に収まるほどのその珠は意外にもずっしりしている。じっと見つめると太陽の光が中に吸い込まれていくようだった。
「すごい」
「アンタのピアスも、似たような光の渦を巻いてる」
咄嗟に美月は自分の耳ではなく、クラウドの右耳をみた。純白の真珠のような石。だが、不思議と太陽の光に透き通り、オーロラの薄い膜を纏っているようだった。
なんてきれいなんだろう、と思ったが、すぐにクラウドが美月の視線に自分のそれを絡ませてきたので、美月はサッと手元のマテリアを見つめ直した。
「でも、わたしのピアスとは大きさが全然ちがう」
「そうだな。正直、アンタのそれは本当にマテリアなのかどうかもわからない」
もしかしたら、マテリアなのかもしれない、のか。緑色の珠を眺めながら、美月はその可能性に唇を舐める。腕を組んだクラウドが顎をしゃくって、とりあえずつけてみろ、と言った。美月はこくりと頷いて、ホルダーからダガーを抜くと、刃に空いた穴にマテリアを填めた。
「ほのおのマテリアか」
「ああ。神羅兵も最初はこのマテリアから始める奴が多い」
レッドが近寄って、ダガーにつけられたマテリアのにおいを嗅ぐ。
「においとか、わかるんですか、レッド?」
「どう思う?」
「……あなたならわかりそう」
彼ははいともいいえとも答えず、にやりと笑った。
「さあお嬢さん、ここからが本番だ。人間の感覚はわからないから、クラウドのいうことをよく聞くんだな」
美月はむう、と唇をとがらせたが、クラウドに、「はじめるぞ」と言われて慌てて表情を引き締めた。
「マテリアの基本は、精神の統一だ。魔法を繰り出すためには、マテリアに振動を加える必要があり、その振動のトリガーとなるのが、使用者の、つまりアンタの精神の波動だ」
なるほど。感心してぽかんと口を開けて頷いていると、クラウドは、アンタがやるんだぞ、とばかりにじろりと睨んできた。慌ててぎゅっと柄を握りなおしながら、「クラウド、教えると上手なのね」と称賛すると、彼はまんざらでもないようにふん、と鼻を鳴らした。
(案外、単純なんだから)
その様子に微かに頬を緩めつつ、これ以上小言を言われるのも面倒なので、気を引き締めて美月はダガーのマテリアを見つめる。
吸い込まれてしまいそうな濃い緑色の渦。小さな宇宙がそこに存在しているみたいだ。
マテリアに大事なのは精神。クラウドに言われた言葉を脳裡に刻み込み、ごくり、固唾を呑む。
「マテリアに意識を集中させるんだ。そして、たしかに自分の中でなにかが反応する瞬間がある。そうしたら、ファイア、と唱える」
低い、ビオラのような音色は耳の奥を撫でていく。なにかが反応する瞬間、それを美月は懸命に探る。
だが、一向にその時は訪れない。
「……だめか」
こっくり、声を出さずとも、返事をする。
「クラウド、もしかするとお嬢さんは意識しすぎなのかもしれない。かえって、感覚が鈍ってしまうこともある」
落ち込む美月にレッドがすかさずフォローを入れてくれた。
「ああ、そうかもしれないな。もう二回ほど、試してみたら方法を変えよう」
結局、星との繋がりを感じることはできなかった。どんな感じがするのか、とクラウドやレッドに何度も説明を求めたものの、彼ら自身もその感覚を言葉にするのは難しいようだった。体があたたかくなる、や、静電気のような軽い衝撃がある、などの具体的な感触はなく、ほぼ無意識下でマテリアとの精神のやりとりは行われるらしい。
その後もクラウドの発声に合わせて言葉を誦じてみたり、また、マテリアを変えて試したりもしたが、すべて取り越し苦労に終わってしまった。
「こんな奴はじめてだ」
と言うクラウドの顔には疲れと呆れが滲んでいる。元ソルジャーという一流の人間にそう言わしめるのだ、本当に才能がからきしなのだろう。美月は、ごめんね、とダガーを下ろした。
「根本的な問題なのかもしれないな」
「根本的な、問題?」
レッドの言葉に首を傾げる。
「ああ、お嬢さんのいた地球とこの星では、あらゆる事象が異なる。それは目に見えているものもあれば、はっきりと表面には現れない、こうした感覚にまつわるものもある」
それって……と美月が言葉を紡ぐ前に、クラウドが言った。
「つまり、精神の波動そのものがちがうというわけか」
「ああ」
レッドは頷いた。
「じゃあ、わたしにマテリアは使えないってこと?」
異世界から来た人間はこの星の人間とは違うから、そこまではっきりとは言われなかったが、そういうことだ。
「おそらく」クラウドはひとつ息をついた。
「だが、まだ憶測にすぎない。しばらく、様子を見よう」
難しそうにダガーに視線を落とす美月を、レッドはじっと眺めていた。
