ジュリアは懇親会の当日まで、ダイナーで過ごすことになった。
まだ体力が完全に回復していないのか、糸が切れたようにうつらうつらとすることがある。そんなときは、ボンベロが呆れた口調で、「邪魔だ、寝ていろ」とホールや調理場から追い出すのだが、そのあとに彼女の呻き声がすると、彼は微かに眉をひそめて白いサロンを翻した。
そっと部屋を覗き込むと、ソファに埋もれるジュリアに、ひとつの影が被さっていた。
「しっかりしろ」
はあはあ、と荒い呼吸を繰り返すジュリアの頬に指先を伸ばす。汗ではりついた髪をよけるその指は、彼が傍若無人な王であったことなど忘れてしまったかのよう。チョコレートを人差し指につけて、白い高級なお皿に薔薇の絵を描くみたいに繊細で美しい。
「……ぁ、ぅ……ぼん……?」
「ああ」
ジュリアの弱々しい声がした。ここからでは、彼女がどんな様子かは詳しくわからない。部屋に灯されたキャンドルが、ただ、彼女の青白い頬を淡く照らしている。
ボンベロが髪をよける間も、彼女の胸元は激しく上下を繰り返しているようだった。
「ボンベロ」
彼女が彼の名を呼ぶ。
「なんだ」
「ボン……」
はあ、はあっと、激しい呼吸の合間、繰り返しジュリアは彼の名を喘ぐ。
ボンベロは彼女の頬に手を添えた。するり、白い肌を逞しい指がなぞる。そして、そこに彼女の手が重ねられると、彼はその手をぎゅっと握った。
「ころして」
断罪を請う女をボンベロは見下ろしている。
「おねがい、ボンベロ」
「ああ、わかってる」
「おねがいだから、ころして」
「ああ、必ず、俺が殺してやる」
ひゅうひゅうと喉が鳴っていた。ジュリアの目はどこを見ているのかわからない。けれど、彼は、ボンベロはジュリアをじっと、じいっと見つめていた。
「ボン……」
「だから、なんだ」
「ひとりに、しないで……」
泣き声にも似た微かな声が漏れると、ボンベロは彼女の頭を両手で包み込んだ。
はあ、はあ、繰り返される苦しげな呼吸。彼女の頬にボンベロの黒い髪が落ちる。彼女にかかった大きな影が、とっぷりと彼女を覆う。
「ジュリア……」
「ん……ぁ……」
鳥の戯れのような口づけが、やがて激しく深くなっていく。唇を食み、口内を貪り、確実に彼女の吐息を奪っていく。響く艶かしい水音。激しく混じり合う、二人の呼吸。彼女のたっぷりとした髪にボンベロの指が溶けていく。
わたしはごくり、唾を飲み下した。
――ボンベロは、ジュリアのことが、好きなんだね
彼女が眠る間、マドレーヌを作るボンベロにわたしは投げかけていた。
すると、ボンベロはたっぷりとボウルを満たしているクリーム色の生地を見つめて、こう言ったのだ。
――好き? そんなものじゃない。もっとドロドロとしていて、憎しみよりも怒りよりも醜い感情だ
微かにひそめられた眉の下、くっきりとしたその瞳の奥に、赤くなにかが揺らめいていた。
わたしは漠然と思った。
きっとそれが、愛なのだろう、と。
長い口づけだった。やがて、ジュリアの腕がだらりと落ちると、ボンベロは彼女の体をしっかりと抱きとめて、ソファへと寝かせ直した。
ゆらりゆらりと揺らぐキャンドルの火を背に浴びながら、彼はしばらく彼女を眺めていた。

※コメントは最大1500文字、10回まで送信できます