ジュリアが眠りについたあと、ボンベロはホールで銃をバラしていた。
「それ……ジュリアの銃?」
「ああ、そうだ」
カウンターの上に敷かれた白い布が、赤黒く染まっている。彼女の血か、それとも誰かの返り血を浴びたのかもしれない。彼がパーツをひとつずつそこへ置くたびに、ぽろりぽろりとかさぶたのように乾燥した血が剥がれ落ちた。
慣れた手つきで、ボンベロは部品をひとつひとつ拭っていく。銃はこうしたメンテナンスを行わないと、すぐに精度が鈍ってしまうのだという。慢心は自らの死を招きかねない。殺しを生業にした人間には常識だ、とつけ加えながら、彼は手を動かし続けた。
これも、いつもはジュリアがやっているのだろうか。わたしは彼の横顔を、手元を、じっと見つめながら漠然と考えた。
「ジュリアは、小さいころから殺しをしていたの?」
ボンベロは手を止めて、わたしに一瞥をくれた。
「お前はどう思う」
まさか、彼がそんなふうに意見を求めてくるとは思わなかった。わたしは唇を隠すと、ボンベロが手にした銃の持ち手部分をじっと眺めた。
「……そんなふうには、思えない」
きっと、そう思いたくない、というのが本音だろう。黒々とした銃をジュリアが、太もものホルスターに差しているのをたしかにわたしは見た。そして、迷いもなく、愛したひとに向けて引き金を引くのも。
それでも、彼女には過去があると思いたかった。太陽の下を歩いていた、過去が。
そんなわたしの心情を察してか、ボンベロは、ふん、と鼻息を荒くすると、再び銃を掃除し始めた。
「ジュリアがマドレーヌを好んで食べるのは、真っ当に生きていたころのことを忘れないためだ」
銃のカートリッジを抜いて、ひとつひとつ丁寧に拭いながらボンベロは言った。
「真っ当に、生きていた、ころ……」
小さく繰り返す。
ボンベロはああ、と相づちを打った。
「ジュリアは、ついこの間まで、普通の生活を送っていた。ついこの間といっても、数年は経つが」
彼女は、大学生になるまで至極平凡な人生を歩んできたのだという。小中高、と親に過不足なく育てられ、ほどほどに友人に囲まれ、それなりの人生を送っていた。
だが、あるとき、その生活は一変した。
彼女の愛した男が組織の人間だったのだ。それも、組織で裏切りを働いた――。
ある朝目が覚めると、彼女は銃を突きつけられていた。そして、隣に眠っていたはずの男は、屈強な男たちに羽交い締めにされ、顔中が腫れ上がるほどの怪我を負っていたという。
「コフィはジュリアに言ったんだ。その男を殺せ、殺せばお前を殺さない、と」
ボンベロの言葉にわたしはゾッとした。
そんなこと言われたら、気を失ってもおかしくない状況だ。
「ジュリアは……」
「殺したよ。コフィの銃を受け取ると、迷いもなく引き金を引いたらしい」
カートリッジをダイナーの照明に翳して、ボンベロは汚れを確認する。白かった布切れは、すでに赤黒い血でそのほとんどが染まっていた。
口の中がカラカラで、今すぐにも水を飲みたかった。だが、ごくり、なんとか唾を飲み下して耐えると、わたしは再びボンベロに訊ねた。
「それから、ジュリアは組織に買われたの?」
「買われたんじゃない。あいつは殺しの才能があると見込まれたんだ」
「才能?」
ボンベロは、ああ、と頷いた。
「生きるか死ぬかの窮地に立たされたとして、果たして本当に引き金を引くことのできる人間が、この世にどれだけいると思う?」
カートリッジを銃に戻して、右手にそれを納めながら彼は言った。
たしかに、今ここで銃を渡されて、殺さないと殺されるぞ、と言われたとしても、わたしは引き金を引けるかどうかわからない。この数週間できっと一生分の殺し合いや血を目の当たりにしただろうに、その覚悟を決められる自信はなかった。
わたしは唇を噛みしめ、ボンベロがグリップをぎゅっと握るのをただ眺める。
「あいつには、殺し屋としての最高の素質が備わっていた」
ジュリアが持っているとその銃はひどく大きく見えたのに、ボンベロの手には、とても小さく感じる。
今、ボンベロはなにを考えているのだろう。ボンベロの瞳の奥にはなにが映し出されているのだろう。
ジュリアの笑顔だろうか、それとも、泣き顔か。
噛みしめすぎた唇が、ほんのり鉄の味を帯びだす。
「スキンのこと、お前は余計なことを言わなくていい」
ボンベロの言葉に、わたしは咄嗟に彼の顔を見た。
「どうして」
「あいつは、すべてわかっている」
わたしがスキンのスフレからコインを抜いたことも? ジュリアの希望を奪ったのが、わたしだということも?
それらは、言葉にはならない。わたしはただ、ボンベロの感情の削ぎ落とされた横顔を眺めていることしかできなかった。
彼の瞳にジュリアが宿ると、闇夜に一筋の光が浮かび上がるようにやさしくなにかが煌めくのに、今、彼女の小銃を見つめる瞳は、鈍く翳っている。
「ボンベロ」
小さく呼ぶと、彼は、「なんだ」と視線も寄越さずに返事をした。
「ジュリアは、二度目だったのね」
愛するひとを自分の手で殺めたのは。
言わずとも、ボンベロには伝わったのだろう。
「ああ、そういうことになるな」
静かに響いた声に、視界が揺らぎ、大粒のしずくが頬を滑り落ちた。

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